真庭からカンヌへ。
世界三大映画祭のひとつであるカンヌ国際映画祭のACID部門に、映画『やまぶき』が日本映画として初めて出品された快挙は、筆者が住む岡山県真庭市の至るところで話題となっていました。
その後も数多の海外映画祭に招待され、評価を高めている映画『やまぶき』。
今回は、映画監督でありながら、農業、そして映画鑑賞教育に取り組んでいる山崎樹一郎(やまさきじゅいちろう)さんに、作品を通じて真庭を舞台に「生きる」ことについて聞きました。

映画『やまぶき』

陽の当たりづらい場所にしか咲かぬ野生の花「山吹」をモチーフに、資本主義と家父長制社会の歪みに潜む悲劇と希望を描きだす群像劇。岡山の採石場で働く元乗馬競技の選手(チャンス)と、刑事の父と暮らす少女(山吹)を描いています。

日本映画初出演となるチャンス役のカン・ユンス((C)2022 FILM UNION MANIWA SURVIVANCE)

作品のタイトルにもなった山吹(やまぶき)を演じた祷キララ((C)2022 FILM UNION MANIWA SURVIVANCE)

97分の映画の中で、テーマとなっているのは「移動」するということ。作品について山崎監督は、以下のように語ります。

「物や人が動くことで色々なことが起こります。人間が生活の場所を変える場合、自発的であれば自由だと思いますが、社会的、経済的な要請で移動せざるを得ない人もいます。例えば、外国人労働者は国に家族を残して出稼ぎに来たりしている。また、戦争に行く兵隊もしかりで、その土地に行かざるを得ない人が多くいるのも事実です」

喪失感を抱えるチャンス(カン・ユンス)と山吹(祷キララ)が初めて出会うシーン((C)2022 FILM UNION MANIWA SURVIVANCE)

「先のオリンピックでも、インフラの整備で近隣の都市の資源を中央に移動させ集める、といったことが行われました。物を移動させることは、ある種、権力の象徴なのです。例えば城や石垣を築いたり、ピラミッドを造るという行為はそれに当てはまると思います。自由を持ちえた移動と移動せざるを得ない状況があり、移動することによって物語が動きだします」

カンヌで感じた「とても幸せな時間」

映画撮影にも使用されたバー「ラウンジ500」で行われたインタビュー(撮影:石原佑美)

登場人物それぞれが喪失感を抱えていて、それを埋める「何か」を見つけるため、必死でもがく姿が映し出されている。人口5万人弱の真庭市ならではのスケールで、少しだけ前に進み、少しだけ幸せになる。いわゆる商業主義的な大作と対極に位置する作品で、物語は大きく動かないけれども、生活している人のリアルな生き様を感じ、劇的な変化は起きないが希望が持てる…。

そのように、筆者は試写会を通じ感じました。

カンヌに招待された山崎監督は、満員の観客がいる中で上映に立ち会い、劇中で笑いが起こっているその反応を間近で見ることで『映画が出来た』と感じたそう。

「観たことがない日本映画」とのコメントもあったそう(撮影:石原佑美)

「エンドロールの時の拍手は覚えていますが、その後にあった40分間の質疑応答の内容はあまり覚えていないですね。熱のこもった前のめりな質問があったとは思いますが。とても幸せな時間でした」

そう、カンヌでの出来事について語ってくれました。

「農家」と「映画監督」でいるということ

農家も映画監督もどちらもおもしろい(撮影:石原佑美)

山崎監督を語る上で農業と映画はついてまわるもの。監督は率直にどのように思っているのでしょうか。

「正直、映画と農業のバランスは悪いですよ。上手くいかないことも多いですし。農業と映画、それぞれのプロフェッショナルがいますが、ぼくはどっちでもなくて、ある意味、中途半端です。なので、時間の取り合いが起こるわけです」

それでも、映画と農業のどちらかだけにするという考えはないと言います。

「どっちもおもしろいのです。ですが、おすすめはしない(笑)映画にも携わりたいし、もっと上手にトマトを作りたいと思いますしね。農業をやる理由として考えていることは、生きていく上では食べ物が必要だということです。食べ物を作って食べていれば死なないじゃないですか。それだけでは、つまらないから映画を作っている。映画は評価されなくてもやっていくと思うし、ほっといてもやると思います」

誰かのモデルになろうという意識は全くないと語る(撮影:石原佑美)

映画を通して鑑賞教育の実践も

山崎監督は、映画製作と並行して映画鑑賞教育も実践しています。

真庭市に移住前は、映画館で年間50本程度を鑑賞していた筆者からすると、真庭市民が映画館に行く機会は限られている(むしろ、ほとんどない)と感じます。現に、話題の作品を観るとなると、県南の岡山市や倉敷市まで車で約2時間掛けて移動しなければなりません。そのような地域で山崎監督が映画鑑賞教育を行う目的は「機会の均等性」だと言います。

「文化的意識の高い親御さんであれば、映画館での映画鑑賞にお金を使うと思いますが、貧しいからといって観る機会すらない環境に疑問を感じました」

1か月フランスに留学し現地での映画の取り組みに触れたそう(撮影:石原佑美)

「フランスでは、学校教育の中で、専門家や国がリストアップした作品を年間3本映画館で鑑賞する仕組みがあると知りました。選ばれる映画も世界各地の様々なジャンルで、それを真庭市の公教育の中で実践しようと動きました。真庭市とも相談し、映画を観せる教育を幼稚園、小学校、中学校を中心に行いました」

勉強ではなく楽しんでもらうことが大事で、映画を好きになってもらう、毎日の授業では味わえない感覚を得てもらうことを意識し、難しい授業ではなく、風通しの良さを作る「世界の窓」として機能させたいと考えているそうです。

真庭に感じる「懐の深さ・人の優しさ」

大阪で生まれ育った山崎監督にとって、父親の実家が湯原町(現在の真庭市)にあったことから、幼少期の夏休みや正月に帰省をする場所が真庭でした。「異世界」というのが率直な感想だったそうで、自然にかこまれ、虫を追いかけたり、川で泳いだりする中で、とても良い場所だという印象を持っていたそうです。

大人になるにつれ、都会の生活に疑問を感じ、2006年に父親の故郷に単身で移住することを決めます。「地域とつながりを持ち、農業をしながら映画を作る」どちらも一筋縄ではいかない大変なことでした。その中で感じたことは、真庭に住む人たちの「懐の深さ・人の優しさ・よそ者に対して寛容」な点だと言います。

「場所が変わると価値観が変わりますし、優先順位も変わりますよね。(人口の)絶対数が少なく、良くも悪くも選べない環境なので、表層的な部分では判断できないし、ひとりひとりが重要になってくると感じました」

「一緒に楽しもうぜ」と思うようになりますよね(撮影:石原佑美)

岡山県真庭市の山間部に移住し、農業に携わりながら映画製作をする山崎監督。作品を通じて真庭を舞台に「生きる」山崎監督の姿勢を見たような気がします。

映画『やまぶき』は、11月5日より渋谷ユーロスペース、11月12日より大阪シネ・ヌーヴォほか全国で順次公開されます。

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