瀬戸内国際芸術祭や食品メーカーとのコラボ商品。自動車ディーラーやホテルへ絵を貸し出すレンタルアート。のぼり旗の端材を使って手編みするエシカルな商品開発。これらは今、全国的にも注目されている就労継続支援A型事業所「ありがとうファーム」(岡山市)の活動の一部です。こぞって企業がコラボし、協働したくなるその背景とは。どのような理念に基づいて、どういった人たちが仕事をしているのか、取材しました。

活動の理念は「生き生きと堂々と、人生を生きる」

就労継続支援A型事業所とは、雇用契約を結び、障害や難病のある人が一定の支援を受けながら働くことができる福祉サービスで、法律で最低賃金以上の給料が保障されています。

岡山市の表町商店街で事業展開するありがとうファームでは、身体・精神・知的障害のある人たちが働き、それぞれの“得意”を生かし、活躍の場を得ています。

拠点である表町商店街のギャラリー・カフェに展示された「ありがとうファーム」と企業によるコラボ商品の一例

活動内容は大きく「アート」と飲食業など「サービス」の2本柱。アート部門では、アトリエで日々、油絵、PCグラフィック、造形など独創的な作品が生み出されています。

アーティストによる個性的な作品は高く評価されて、企業の商品パッケージやコラボ商品として採用されるほか、レンタルアートとして、1か月1万円の契約でホテルや企業へ貸し出されています。

それぞれのデスクで制作するアトリエの様子。メンバーが不安を感じたり、しんどそうな様子が見られたりすれば、マネージャーがフォローします。

「今できる仕事を見つけたい」から才能が開花

メンバーの中から、アート部門の橋本賢二さんと、編み物チームの富岡千帆さんに話を聞きました。

20歳で神経の難病・パーキンソン病を発症した橋本さんは、アクリル絵具を使って、カラフルな動物の姿などを描くアーティストの一人です。

取材した日、橋本さんは注文を受けた「岡山カルタ」を製作中。言葉に合わせた絵を考えていきます

大学卒業後、大手ハウスメーカーで勤務。その後、病気と折り合いをつけながら、地元・備前市で輸入住宅を販売する事業を始めました。しかし、会社倒産や一家離散などのストレスからパーキンソン病が進行。清掃などの職を得て一人暮らしを続けましたが、体が思うように動かせないなどの限界を感じ、一時は介護施設に入所します。

当時を振り返り、働けないことに「社会から取り残されたような気持ち」になったといいます。悩みながらも、今の自分にできる仕事を見つけたいと、ハローワークを訪ね、ありがとうファームで働くことに。

入社当初は、素麺の箱を組み立てるという業務を割り振られましたが、ふとしたきっかけで、橋本さんの隠れた才能が開花します。

「絵を描いてみない? とスタッフに誘われて、最初に描いたのが『風車の絵』」

その後、次々と作品を生み出し、木の枝をたてがみに見立てたライオンの絵は、レンタルアート第一号に選ばれ、市内の飲食店に飾られました。独特の色彩感覚と強烈なインパクトを放つ橋本さんの絵。驚くことに、橋本さんはそれまで絵を描いたことはなかったといいます。

橋本さんのまっすぐな思いが躍動感ある動物の姿となって描かれています

「見てくれる人が元気になってくれたらという思いで描いています」

一時は生活保護を受給していた橋本さんですが、ありがとうファームで働いて得た給料と、年2回支払われるボーナスによって、生活保護を受ける必要がなくなりました。そして現在は、ありがとうファームが運営する障害者向けワンルームマンションで、スタッフに見守られながら自立した生活を送っています。

在宅でも社会とつながる仕組みを全国展開中

全国のハンディキャップを持つ人たちと繋がる先進的な取り組みの一つが、編み物チームによる「のぼりプロジェクト」です。

のぼり旗制作メーカー「イタミアート」から出る端切れを“糸”として活用。編み方や編み図といったノウハウを全国の福祉事業所と共有し、受注した仕事を事業所間でワークシェアすることで、互いに収入を得るという仕組みです。

以前は廃棄されていたのぼりの切れ端が、カラフルなバッグやぬいぐるみへと生まれ変わっています

編み物チームは、最初はメンバー5、6人で毛糸を使ってアクリルたわしやマフラーを制作していました。事業の幅を広げようと、今年6月に亡くなった前代表の木庭寛樹さんの働き掛けで、端材を提供してくれる地元企業とつながり、のぼりプロジェクトが誕生しました。この活動は、端材の焼却処分を減らすなど環境問題への取り組みが評価され、SDGs関連の表彰も受けています。

のぼりの切れ端。絡まった状態から編めるようになるまで、黙々と糸玉を作るメンバーの存在も。その人の“得意”が生かされています

のぼりプロジェクトを通じて、病気や障害のため外出が困難な人たちが社会とつながり、収入が向上するという大きな側面も。

コロナ禍以前から導入しているテレワークで、在宅の人と仕事を進めるほか、オンライン上で、発注した会社と事業所との意見交換の場を設けるなど、相互のコミュニケーションも大切にしています。

受注したノベルティグッズを制作するメンバー。コマ編みや長編みで作成。毛糸よりは硬いけれど、カラフルに仕上がっていく様子が楽しいと話します

編み物チームの富岡千帆さんは、専業主婦だった42歳の時、突然難病を発症しました。

「最初は手足のこわばりでした。自転車で転んで大怪我をしたことをきっかけに精密検査を受け、後縦靭帯骨化症という病気が見つかりました」

後縦靭帯骨化症とは、背骨の中にある後縦靭帯が骨になってしまい、神経を圧迫し、感覚障害や運動障害など神経症状を引き起こす病気。腰椎の圧迫を取り除くための手術をし、コルセットをつけて自宅療養を続ける日々でした。

「私は途中から障害者になりました。病気になってすぐは何も分からない状態。一から十まで誰かが教えてくれるわけではありません。障害者手帳のこと、障害者が働くための窓口がハローワークにあること。少しずつ外へ出て、いろいろな人に教えてもらいながら、ありがとうファームにたどり着きました」

現在は、毎日出勤することが難しいため、テレワークと組み合わせながら、のぼりプロジェクトの仕事をしています。

のぼりの切れ端から生まれたジンベイザメの作品。メンバー自ら、アイデアを出し、編み図を考案して完成しました

「端材を提供してくれるイタミアートさんの工場見学に行きましたし、1年に1回、協力してくださる企業や団体を招いた『パラフェス』という発表の場でも、しっかりと報告できるように、日々励んでいます。今は、正々堂々仕事ができること。働いて収入を得られることがとても嬉しいです。職場に行けない人や働くことを諦めている人たちに、少しでもこの思いが届けばいいなと思います」

編み物チームによる雑貨やぬいぐるみなどの商品は、表町商店街の「雑貨の森Coco」で販売されています

地域へ飛び出し、セルフプロデュース

ありがとうファームでは、アーティストメンバーを中心に「お客さんミートアートプロジェクト」という新たな取り組みも始まっています。

これまではレンタルアートや商品化に関する企業や相手先とのやりとりは、スタッフが行っていましたが、障害や病気のあるアーティスト自らが企業を訪問、将来的にはセルフプロデュースを目指しています。

例えば、自動車のショールームの壁に飾る絵をアーティストらが直接、ディーラーに出向いて、大きさや絵のテーマなどを聞き取り、より顧客のニーズに合った作品に近づけます。

「何枚か書いて採用されないこともありますが、よりやりがいを感じられると思います」とスタッフでアートディレクターの深谷千草さんは話します。

「今後は、アーティスト自らが、自分のことを自分で売り込めるようになることが目標です。外部とコンタクトを取り、作品や活動を直接宣伝できるようになることが、次の目指す展開です。『みんなが主役』という気持ちを大切に、みんなが生き生きと働ける環境を大切にしていきたいと思っています」(深谷さん)

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