「笑う門には福来たる」。そんな言葉が彼女には似合います。大阪府出身の女子プロサッカー、十川ゆき選手。大学やなでしこリーグを経由しプロ入りする選手が多いなか、代理人もつけずに単身スペインへ渡り、プロ契約を獲得しました。
「女子サッカー界の異色な存在」として注目される十川選手が、サッカー大国スペインへ挑戦し得たものとは。そして、なでしこリーグへの移籍を通して目指す、今の夢とは。

「楽しい」がモチベーション

大阪で生まれた十川選手は、2人の兄の影響で5歳からサッカーを始めました。

中学進学前、チームメイトの親が持っていた日本サッカー協会が運営する「JFAアカデミー福島」のパンフレットを見て興味が湧きます。小さい頃からずっと土で練習していたため、「毎日人工芝で練習できるっていいなあ」と先行試験に挑みました。結果、200人中5人の合格者に選ばれ入校。

「受かるとも落ちるとも思っていなくて、楽しむ感覚で試験を受けました。いろんな人とサッカーができるから楽しそうと思い、そうしたら受かって。それも幸運でした」

十川選手の活力となっているのは「楽しい」と思えるかどうか。それがモチベーションに繋がっていると言います。

JFAアカデミー福島時代の十川選手(十川選手提供)

そして中学生になると、半年ほど指導に来ていたスペイン人コーチの影響で「将来スペインでサッカーをする」という目標を掲げます。そのためには何が必要なのか。「言葉が話せないと厳しい」と気付いた十川選手は、早速オンラインでスペイン語を習い始めました。

「0でいるより0.5でも進めたほうがいいなと思って」

夢を叶え、スペインでプロに

2018年3月、十川選手の姿は、スペインのオビエドにありました。高校の卒業式に参加する代わりに、プロサッカーチーム「レアル・オビエド」のオファーを勝ち取るためのトライアウトに参加していました。

「最初は2週間だけプレーする予定が気に入ってもらえて、プロとして契約できました。幸運に幸運が重なりました」

努力が引き寄せた幸運によって、念願のスペインリーグでプレーする夢が叶った十川選手。レアル・オビエドで2年間プレーし、2021年にラシン・サンタンデールへと移籍が決まります。

ラシン・サンタンデールのチームメイトと。前列左から2番目が十川選手(十川選手提供)

憧れていた国で始まった、プロとしてのサッカー人生。しかし、「思い通りにならないことも多かった」と当時を振り返ります。

「スペインでは何時に集まろうと決めても来ない。移籍も『もうすぐ返事が来るから』と待っていても来ない。最初は焦ることもあったけど、『考えても一緒だな、なるようになるか』と、開き直れるようになりました。それに、実際なるようになってきました(笑)」

ネガティブな感情を持つ前に「まあいいや、しょうがない」と終わらすようにしていると言います。できない部分に焦点は当てず、できるところを伸ばす。できることを続けることで「今にうまくいくだろう」とプラスに切り替える。これこそ、十川選手の折れない心の持ち方でした。

ラシン・サンタンデールでは背番号6番。「ユキ」の名称で活躍した(十川選手提供)

母・美枝さんによると、「やりたいことはやらせる、見守る育児」をしてきたのだそうです。「小さい頃から進む道は本人が自分で選択していた」と美枝さん。「ときどき驚かされることもある」と言います。

「スペインに行ってすぐのころ、ゆきから電話がかかってきたんです。『お金を降ろしたいけど、銀行のキャッシュマシーンの文字が何書いてあるかわからへん。右と左どっちと思う?』って。もう『ええ!』ですよ」

そう言って笑う美枝さん。不安なこともあっけらかんと挑戦する。困ったときは笑い飛ばそう。それこそが、十川家流の幸運を呼ぶ秘訣なのかもしれません。

なでしこジャパン入りへ、新たな挑戦

ラシン・サンタンデール女子のホームグラウンド「サンタ・アナ」

2022年5月28日、欧州チャンピオンズリーグの決勝戦。レアル・マドリーが14度目の優勝を果たした数時間前、スペイン・カンタブリア州でラシン・サンタンデール女子もまた今シーズン最後の試合を3-0で勝利していました。

「応援ありがとうございました」

そこにあったのは、チャームポイントのえくぼを光らせファンにあいさつをする十川選手の姿。後半20分までスタメンとして参加し、選手交代後、監督やコーチと抱き合い満面の笑みで試合を終えました。

3年間スペインリーグでプレーしてきた十川選手は、この日を最後に日本のなでしこリーグへ挑戦します。その理由は、「女子サッカー選手が海外でプレーし、いい成績を収めても、よほどではない限り存在を知ってもらうことは難しいから」でした。

試合後チームメイトと抱き合う十川選手

十川選手が目指すのは、2023年FIFA女子ワールドカップ、2024年パリオリンピックの日本代表に選ばれることです。そして、2028年ロサンゼルスオリンピックでの“優勝”も見据えていました。

「スペインのやり方にシフトチェンジできている状態で日本に戻って、どう感じるか。世界との差や何が違うのか体感したいです」

日本帰国後の十川選手(撮影:福村香奈絵)

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