家業と“好き”の板挟みで苦しんだ日々 寺の長男が虫博士になるまで

家業と“好き”の板挟みで苦しんだ日々 寺の長男が虫博士になるまで
子どもたちから「虫博士」と呼ばれ親しまれる松本慶一さん。

頭にカブトムシをかぶったこの人は何者でしょうか。
この人は「NPO法人みんなでつくる自然史博物館・香川」の野生生物保護研究員の松本慶一さん。研究員として絶滅の恐れのある野生生物をまとめたレッドデータブックの調査や編集作業を行う傍ら、学生や児童に向けたイベントも行っています。
現在は、大好きな虫に関する仕事に就いている松本さんですが、これまでの道のりは、決して平坦ではありませんでした。

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虫好き少年が虫博士になるまで

香川県丸亀市にある寺の長男として生まれた松本さん。幼い頃から3度の飯より虫が好きで、「お経を読むフリをして図鑑を見ている子どもだった」といいます。高校生になっても勉強に身が入らず虫に夢中。

「見かねた父に首根っこ掴まれて連れて行かれたのが、権威ある著名な住職のところでした」

父親はその住職に説得してもらうつもりで連れて行ったそうですが、松本少年の情熱に胸を打たれた住職は、逆に松本少年の思いを優先するように父親を説得してくれました。父親も「そこまで言うなら、やりたいことのためにどういう道を選ぶのか、私たちを説得できるようなものを持ってきなさい」と条件を提示。最後の砦は父親へのプレゼンテーションとなりました。

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1冊の本との出会いから飛び込んだ研究の世界

チャンスをつかんだ松本さんは、父親を説得しようと動き始めます。当時はインターネットも携帯もなく、情報は書店で収集する時代。昆虫に関する本を見つけては著者をメモしていきました。

そこで一冊の本と出会います。クワガタムシを進化の視点から観察し法則を見つけた本で、松本さんは「こんな研究がしたい!」と直感。自分がこれだ! と思うものに出会ったのです。

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著者は東京農業大学の教授で昆虫学者の岡島秀治さん。松本さんはその本を手に、「ここに行けば夢を叶えられるかもしれない」という思いで東京へ飛びました。憧れの先生を訪ね、話を聞いて満たされる一方で研究室に先輩たちの姿はなく、活気のない雰囲気に期待外れだったかもと肩を落としたとき、岡島先生はこう言いました。

「東南アジアは雨季に入りつつある。虫が出てくる時期だ。生徒たちは今、ジャングルに散らばって虫取りに興じている頃だろう」

その言葉を聞いた瞬間、全身の毛穴が開くような感覚を覚えたといいます。教室に活気がないと思えたのは先輩たちが虫を探して世界中を飛び回っているからだったのか! 松本さんの大学選びの直感は確信へと変わりました。

思うように学べないもどかしさを経験

こうして父親を説得し無事志望校に入学した松本さんですが、ここでもまた思うように研究に没頭できない事情がありました。というのも、下宿先は親が指定した寺。帰宅すると寺の手伝いが待っています。早い門限が定められ、土日は終日法要というハードスケジュール。研究室のみんなが行く学会発表や出張、海外遠征などすべて行けない状態でした。

「夢にまでみた世界に身を置き、手の届くところまで来たはずなのに、叶わない。同期の背中が遠く見えて本当に辛い時期でしたね」

そんな暮らしが続いた大学3年生のとき、松本さんはついに精神的に不調をきたしてしまいます。異変を感じたのは松本さんの母親。それから住職に願い出て、下宿先の寺を出ることになりました。残された大学生活はわずかでしたが、一人暮らしを始めたことでようやく自由に学ぶことができるようになりました。

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虫や自然と関わることを生業に生きる

大学卒業後は、東京都立の自然科学博物館に学芸員として就職します。その後、博物館の閉園に伴い転職しますが、これまでの経験を買われ、昆虫に関わる仕事を続けてきました。現在所属している「みんなでつくる自然史博物館・香川」もしかり。

「みんなでつくる自然史博物館・香川」は、香川県の自然保護を目的として活動する団体。松本さん以外にも、野生動物や野鳥などのプロが集まって活動しています。

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どんな状況下でも、「虫が好き」という気持ちを持ち続けたこと。そして、その気持ちを守るために努力してきたことで、松本さんは道を切り拓いてきました。

思い通りにいかないことも経験した松本さんだからこそ、たくさんの人の声に耳を傾けています。特に、子どもたちの質問には“熱が冷めないうちに即答する”をモットーとしているのだとか。そんな松本さんの講座は評判となり、「みんなでつくる自然史博物館・香川」は、生き物に関して子どもたちの関心や知識を高める施設として、認知されつつあります。

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素朴な疑問にしっかり答えてくれる虫博士・松本さんのナビゲートは、子どもたちだけでなく大人もワクワクさせてくれます。「虫や生き物をきっかけに、自然について学んでもらいたいですね」と松本さん。今は、生き物の観察会などイベントも考案中。子どもたちが地域の自然や環境に興味を持つきっかけ作りのため、虫と子どもに全力で向き合っています。

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