「2022年、最新の家族写真です」剛さんの指にちょこんと止まり、カメラに目線を向けているのは、2014年に発売された写真集『インコのおとちゃん』(パイインターナショナル)で一躍人気者になったコザクラインコの「おとちゃん」です。
おとちゃんの撮影を続けて15年の節目に、写真家の村東剛さんに話を聞きました。

おとちゃんとの出会い

当時商業カメラマンだった剛さん、イラストレーターのナナさん、アーティスト同士の結婚から二年。二人の生活を満喫したのちに、「ペットがいてもいいね」という話がでました。
「僕は猫アレルギーだから、飼うなら犬かなとか、フェレットとか、いろいろ考えました」

(C)Go Murahigashi

2006年の10月頃、ペットショップで見たコザクラインコの人懐こさに惹かれた二人。
「さし餌から始めたい」という希望があり、「コザクラインコの赤ちゃんが生まれるまで待ちます」とペットショップに伝えます。
「”おとちゃん”という名前とケージ、保温器具などすべて一色揃えて、まだ見ぬおとちゃんを待っていました」
シーグリーンのコザクラインコを希望し、待っていた村東家に念願の「おとちゃん」が来たのは2007年の1月24日でした。
待ちに待ったペットはその後、存在感を増していきます。

毎日がシャッターチャンスの日々

剛さんは主に人物カメラマンとして雑誌や広告の撮影をしていました。

「村東剛 個展「shan」(美しい人)」より (C)Go Murahigashi

腕利きのカメラマンのもとに小さくてカラフル、そして表情豊かで魅力的な被写体が舞い降りたのです。毎日がシャッターチャンス。剛さんは、よい写真を残したいというプロの写真家であり、子どもの成長をすべて収めておきたいとカメラを向ける親でもあります。
「とうちゃん」「かあちゃん」と呼び合う村東さん夫妻は「おとちゃんのとうちゃん」「おとちゃんのかあちゃん」に。

(C)Go Murahigashi

「物語性がある写真」と評される剛さんの写真と被写体のおとちゃんの息はばっちり。
おとちゃんは一躍インコ界のアイドルになります。
「おとちゃんが僕を写真家にしてくれました。商業で頼まれた撮影をするのはカメラマン、愛しくてたまらないものを撮るのは写真家だと僕は思っています」
写真家としておとちゃんの裏方に徹する剛さん、おとちゃんの人気に嫉妬することはないのでしょうか。
剛さんの人気は「おとちゃんの次ではなく、次の次」だと語ります。
「うちの奥さんって人気者なんです。見た目もシュッとしてるし、話しやすいみたいで。おとちゃんの次に人気なのは奥さんです。僕は次」剛さんは笑います。
写真集『インコのおとちゃん』にも登場するナナさん。おとちゃんを優しく見守る姿などがとても印象的な「名脇役かあちゃん」です。

「面白い生き物」から「気高い存在」へ

おとちゃんというインコは村東さん夫妻にとって「面白い生き物」でした。若かりし頃のおとちゃんは、いつも飛び回っていたやんちゃ坊主。表情豊かで活発な「なんでも壊す」“破壊王”のような存在でした。

(C)Go Murahigashi

そんな「面白い生き物」だったおとちゃんも、年数を重ねるにつれて「気高い存在」となっていきます。

「人間よりも能力が高いんだなぁって日々感じています。白内障で目が見えづらくてもまだまだ色んなことができるんです」

剛さんは今、リスペクトの気持ちをもっておとちゃんにカメラを向けます。

愛の深さを知り「おとちゃん中心」の生活へ

おとちゃんは「コザクラインコ」という種類のインコです。
コザクラインコの学名は「Agapornis roseicollis」で、ギリシャ語で「愛」を意味するアガぺという言葉が入っていて、「ラブバード」と呼ばれる非常に愛情が深い鳥として知られています。愛している家族から愛情を受け取ることができないとき、淋しさから自傷行為をすることもあると言われるインコです。

おとちゃんも、夫妻がおとちゃんを預けて旅行に出かけたことで、寂しさのあまり自ら毛引きをしたこともあったそうです。
「それから旅行に行かなくなりました。生活は自然とおとちゃん中心になりました」

ペットの死を考える

村東さん夫妻は、近しい家族の死を経験したことがきっかけで、年を重ねるおとちゃんとの離別について考えるようになったと話します。

「おとちゃんがいなくなることも想像します。考えたくないけど、いつかその時が来るというのは受け入れなくてはいけないですね」

写真に残っていない日常にもたくさんの思い出があります。おとちゃんとの離別は「怖い」と剛さんは語ります。
今は「ケージにも帰りたくない」ほど元気なおとちゃん。
「まだまだ生きます」とおとちゃんを見つめて微笑む剛さん。
おとちゃんも答えるように剛さんの頬にほおずりする姿が印象的でした。

小さな家族の写真を残す写真館

「我が家の小さな家族も、おとちゃんみたいに撮影して欲しい」という願いを叶えるべく、剛さんがカメラマンを務める「おと写真館」。

(C)Go Murahigashi

おと写真館で撮影された小さな宝物たちの写真は、まばたきをした瞬間に見過ごしてしまいそうなかけがえのない一瞬を切り取った奇跡のような写真ばかりです。

Tさん家の桜文鳥「文太ちゃん」(C)Go Murahigashi

「ご家族が一緒に写りたい、コスプレをして撮って欲しいなんて希望もなんでもウェルカムですよ」と語る剛さん。

オレパンダーさんとピコちゃん (C)Go Murahigashi

人間に比べてとても早く駆け抜けていく小さな命。
確かに存在したことを写真に残したい人々が日々、おと写真館を訪れています。

(C)Go Murahigashi

15歳になったおとちゃんのこれから

(C)Go Murahigashi

15歳の誕生日を迎えたおとちゃん。剛さんはさまざまな目線で、これまでの軌跡を写真に収めてきました。赤ちゃんだったおとちゃん、美少年おとちゃん、青春のおとちゃん、青年期のはつらつとした輝き、そして歳を重ねたおとちゃん、その1つ1つを写真に記録しています。

人生100年時代。おとちゃんもまだまだこれから。

「インコのおとちゃん『生誕15年記念』村東 剛 写真展」は、2月3日から2月8日まで、京阪百貨店守口店 「ことりマーケット in Osaka」で開催されます。
小さな一羽のインコの姿を通じて、それぞれの人生について静かに思いを馳せてみませんか。

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