2021年5月から“旅するアーティスト”として活動を始めた矢本結衣さん。言葉通り、国内外問わずさまざまな場所を旅し、心に残ったシーンを水彩画や線画、切り絵などで表現している。
「好きな色に囲まれた時、この風景を絵にして残しとかなきゃと思うんです」
そんな思いで活動をする彼女に話を聞いた。

自分らしさを出せるのは絵だけ

北海道の旅で描いた線画。場所は美瑛の牧場(左上)、東山町の紅葉(右上)、白金(中央下)

「自分の気持ちに素直じゃないと、いい絵は描けません。1人で旅をしていると、周りの目を気にせずに自分の素直な感情に気づかされたり、新しい人との出会いから学びを得られたりするんです。自分が好きだと感じる作品は、そのように心が揺さぶられた時に描いたものが多いですね」

スマホ一台あれば簡単にきれいな写真が撮れる今の時代、旅先でも気に入ったシーンを撮り残しておく人は多い。そんななか、矢本さんはあえて旅先の風景を絵にして残す。

ニュージーランドで描いた一枚。切り絵とクレヨンで、色の変化を表現している

「自分が見た世界を、自分の色で表現したいんです。同じ風景を見ても、赤と感じる人もいれば、ピンクと感じる人もいるように、人によって見え方は違います。自分がどう感じたかは、写真ではなく、絵でしか出せないと思うんです」

“You are an artist” 魂が揺さぶられた出会い

矢本さんが絵を描き始めたのも、留学という異国への旅がきっかけだった。2017年、大学3年の就職活動の時にやりたい仕事が見つからなかった矢本さんは、何か変わるかもしれないという漠然とした期待を胸に、翌年2018年の夏に渡米した。

「当時は、絵を仕事にすることは考えていなかったです。絵の学校にも行ってないのに、自分なんかができるわけない。そう思い、絵を描きたいという思いは隠していました」

しかし、この気持ちはある人との出会いで180度変わることとなった。

背中を押してくれたというアートクラブの先生(右)と矢本さん(中央)※本人提供

「渡米後、興味本位でアートクラブに参加したのですが、その先生との出会いは忘れられません。太陽のような人で、アートを心から愛しているのが伝わってきました。いつも、同じフィーリングを持つ人が周りに集まっていて、私もその先生から指導を受けていたんです。そんな先生がある日、私に『You are an artist』と誇らしく言ってくれたのです。魂が揺さぶられるような感覚でした。自分をアーティストとして肯定してくれたことが嬉しくて、その日から絵を描きたいという気持ちを自分で認められるようになったんです。絵を描き続けることで、先生のようにアートを愛する人と、この先も繋がっていたいと強く思いました。遠く離れていてもアートを愛し続けていれば、魂で繋がっていられる。あの先生は私にとってお守りのような存在です」

アートの授業にて、先生に作品を見てもらっている様子 ※本人提供

旅をしながら点を集め、線にする

徳島県の鬼頭村で見たワンシーン。ポイントとなる雲を切り絵で再現

異国の地に転がっていた、人生を変えるような出会い。偶然のようだが、それは旅が導いてくれたものだと矢本さんは言う。

「呼ばれるようにして行った場所にはやっぱり理由があって、見たかった景色や自分が求めていた人と必ず出会える。そして自分に足りていないことを教えてくれるんです。旅をしながら、生きるために必要な点をひとつひとつ集めて、一本の線にしていっている感じですね」

常にノートを持ち歩き、心動かされた瞬間を描きとめている。

そう話す矢本さんにとって、絵を描くということは、自身が集めてきた「点」を記録しておくことなのかもしれない。

「心に残ったシーンの絵を描いている途中、その風景を見ていた時の感情がよみがえってくるんです。あの人と話ができてよかったなあ、この時家族を恋しく思ってたなあと、改めて大切なことに気づかされます」

いったん立ちどまって目の前のものと向き合う。そして、真っ白な画用紙にかたどり、色づけていく。矢本さんの教えてくれたことは、いわば瞑想のように、私たちの日常にも取りいれられるはずだ。見過していた感情や、新たな自分を見つけるきっかけとなってくれるだろう。

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