黄金色の稲穂が広がる10月。岡山市北区の山あい、小川沿いの一軒家に暮らす、デザイナーの枝光理江さんを訪ねました。

「ホーリーバジルが最盛期。ガパオライスにしたりハーブティーにしたり。キャベツはまるでモンシロチョウを飼ってるみたいで穴だらけでしょ」と笑う理江さん。

毎日自然を身近に感じて、季節の変化や野菜作りを通した達成感など、ちょっとした喜びを感じる瞬間が以前よりも増えたといいます。

朝の光を浴びてキラキラ輝くホーリーバジル。

そんな理江さんはこのほど、働く女性のためのファッションブランド「wandmee(ワンドミー)」を立ち上げました。かつて東京でスタイリストとして活躍していた理江さんが、岡山の自然に囲まれた暮らしのなかで生み出した新たなブランド。その背景と魅力に迫ります。

スタイリストになる夢を掴みとった20代

神奈川県生まれの理江さん。
「ファッション雑誌の『olive(オリーブ)』などを見て、好きな服のスタイリストの名前ばかりチェックするような子どもでした。MILKの薔薇の刺繍のソックスを真似て自分で作ったことも」と話します。

大学卒業後、アパレル会社の事務員として就職。しかし、夢を諦めきれず、昼間働きながら夜間のスタイリスト学校に通いました。マーチャンダイザーを経て、スタイリストの世界に飛び込んだのが25歳の頃。

「一線で活躍していたスタイリストの方を偶然、町の古着屋で見かけ、『アシスタントをさせてください』と直談判しました」
その後、がむしゃらに働いたアシスタント時代を経て、28歳で独立します。

自分のペースで好きな服の世界にいたい

独立後、スタイリストとして理江さんが担当したのは、歌手のYUKI、MISIAなど錚々たる顔ぶれ。また、装苑、流行通信などの雑誌をはじめ、ソニーやカネボウ化粧品、VANSなどの企業広告などにも携わりました。

ファッション雑誌「装苑」のアクセサリー特集などさまざまな企画を任されていました。

「早朝4時に打ち合わせがあったりと、めまぐるしい世界」と理江さん。華やかな世界で憧れだったスタイリストとして活躍する一方で、「本当に好きな服や物ばかりを扱えるわけではない」と徐々に疑問が湧いたといいます。

「もっと自分のペースで好きなものの中にいたい」という思いから、フェアトレードされたオーガニックコットンを使用した自らのブランド「RERE(リリ)」を立ち上げます。

元民宿をリノベーション 夫婦の危機も

そして、2011年3月の東日本大震災を機に自主避難を決め、岡山県に家族3人で移住しました。その後、岡山市北区の山あいにあった元民宿を購入し、荒れ放題だった床や壁を自分たちで少しずつリノベーションしていきました。

通いながらリノベーションした元民宿。6月には自宅前の小川で蛍が楽しめるそう。

家族がもう1人増え、しばらく経った頃には夫婦の危機もありました。社交的な理江さんと対照的に、自分の気持ちをあまり表に出さない職人気質の夫・哲也さん。リノベーション中に別居していたこともあり、2人の心が離れてしまいます。

哲也さんからある日突然、離婚を言い渡されたといいます。「子ども2人連れて自立しなくてはと思いました」と理江さん。それまで哲也さんが手掛けるブランドのアシスタント役に徹していた理江さんでしたが「夫の影に隠れずに、自分で光りたい」と強く思うようになりました。

夫婦それぞれに変化していった今

ナチュラルな雰囲気の自宅で語り合う、理江さんと哲也さん。(理江さん提供)

それから、旅行に出掛けるなど少しずつ家族の時間を積み重ねて、夫婦ともに変化していったといいます。

移住してからも「いわゆる“薪割り”とか、生活のことはしたくない。田舎暮らしは嫌だ」と言い切っていた哲也さん。最近では、草刈りや側溝の修理など、労働を厭わないようになったそう。「一仕事終えて、近所のおじちゃんと一緒に休憩しながら談笑している姿を見て、変わったな」と理江さん。料理にも目覚め、振舞ってくれることもあるそうです。

理江さんも「私自身、以前はテレビは家に置きたくなかったし、洗剤ひとつにもこだわっていて、鎧でガチガチになっていました。最近は、お笑い番組やドラマを見るのが楽しいし、カップラーメンもたまに食べます」とほがらかな笑顔で話します。

自宅の周りではハーブや花を育てています。

自分がワクワクする服を作りたい

理江さんがデザインする「wandmee」は働く女性のためのブランド。淡い色合いのシルクシフォンのケープや、ビビッドカラーが印象的なエプロンのほか、ポンチョやベストなど秋冬物も次々に仕上がっています。

シルクシフォンのケープはさらっと羽織るとよそいきに。オールシーズン使えます(理江さん提供)

「種を蒔いたり、花を育てたり、子どもを育てたり、ご近所づきあいしたりといった暮らしの中で働く女性の日常着。女性にとって自分を喜ばせられる服は大切な存在です。このケープは、ちょっと出掛ける時に羽織ったり。作りたかったのは、私自身がワクワクするような服ばかり」と理江さん。

仕事部屋からは田園風景が広がります。ここでタグ付けをしたり、ボタンを付けたり、すべて手作業です。

理江さんがデザインを担当し、パターン製作を哲也さんが担当。縫製も2人で行うため、一度にたくさんは作れず、ほぼ一点物です。のびやかな感性としなやかな強さを持った理江さんが生み出す「wandmee」に今後も注目です。

ブランド名「wandmee」は、枝光という名前から魔法の枝(wand)と古い言語から「光」を意味する「ミ」から作った造語だそう。

「wandmee」は、10月22日からの金・土・日・月、2週にわたって、岡山市中区のアンティークショップ「ANTONYM(アントニム)」にて、期間限定ショップをオープンしています。

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