表情豊かな人がたくさん描かれたイラスト、ほんわかとやわらかい印象を与えるイラストを描くのは、イラストレーターのあさののいさん。2012年に千葉県から岡山県に拠点を移し、個人ブログで日常生活を描いた漫画の発信や、演劇のチラシ作成等をしています。

「ちいさなおじさん」に自分自身を重ねて

子どもの頃から絵を描くことが好きだったあさのさん。

「もともと、人とコミュニケーションを上手にとれるタイプではなかったです。小学生の頃とかも一人で絵を描いていたら、自然と「何描いているの?」って声をかけられたりして、絵を描くことがコミュニケーションの手段になっていました」

内気で、人とうまく付き合うのが苦手と話すあさのさんは、大学生の頃、絵日記形式でブログに描いていた「ちいさなおじさん」が注目され、大学卒業時に書籍として出版されました。小さなおじさんを拾った女の子とおじさんの共同生活のお話です。

2008年『ちいさいおやじ日記』の題名で書籍化。2012年には『ちいさなおじさん』の題名で短編アニメ化。

「当時のわたしにとって、サラリーマンのおじさんって社会の象徴、働く人の代表みたいなイメージがありました。その頃から、自分が社会に溶け込めないっていう悩みがずっとあって。妖精としてのおじさんではなくて、普通に生きていたけど、社会でうまくいかなくて、社会からはみ出てしまったおじさんっていうか、自信をなくしてしまって、小さくなっていったおじさんという設定なんです。当時の孤独だった自分を重ねていた部分もあるのかもしれません」

「わたし」が拾ったちいさなおじさんとの不思議な日常

多種多様な人の表情を豊かに伝える

縁あって、2016年から家族とともに奈義町での生活をはじめたあさのさん。現在は、施設看板や冊子の挿絵を描いたり、イベントのチラシを作成したり、「こんにちは、なぎさん」という個人ブログで奈義町での日常生活の様子を配信したりしています。どのイラストにも表情豊かな人がたくさん登場します。

どのイラストにも表情豊かな人が描かれている

「人の表情を描く時、その人のいいところばかり描こうとすると、描けないですね。この人いたずらっぽいところあるよなって、その人のマイナス部分をとっかかりにして、そこからつっこんで描いていきますね。逆にそういうマイナス部分がないと描けないですね。主観的に自分が感じたままのイメージで描きます」

イベントや演劇などのちらしも手掛ける

町内施設の看板。よく見ると文字の中にも人がいる。

小さなことでも丁寧に向き合い、自分なりの表現にする

日常生活の様子を描いてみたいという思いがもともとあったあさのさんが、移住と同時に描き始めたのが、『こんにちは、なぎさん』です。

アイデアが浮かんだら、3~4日くらいで漫画を書き上げる

「小さい時から人とつながる手段が絵だったので、知らない土地に飛び込んでいく時に、それを漫画に描いてみようと思うことで自分を勇気づけていたみたいな感じです。生活の記録としてや自分の地元の人たちに生活の様子を伝えたいという気持ちもあります。でも、それ以上に、漫画を通じて、町の人とつながりたいという思いがありました。『こんにちは、なぎさん』は、自分の近所半径数百メートルのことばかり描いているので、近所の人は読んだら『この間のことだ』ってすぐ分かって、声をかけてくださいます。この漫画がコミュニケーションの役にたっていて、自分が奈義にいる存在意義みたいな感じに今ではなっています」

「こんにちは、なぎさん」第16話

大学卒業時に出版した「ちいさなおじさん」が終わってから、次は何を描いたらいいのだろうという模索期間が長くあったというあさのさん。

「自分の枠をはみ出して、もうちょっと広い視野で何か描かないとなっていう思いがずっとありました。でも、奈義に来てから、そういう思いが変わってきて、小さなことでもいいじゃんという思いが強くなりました」

「いつも夕方散歩に出ているけど、毎日同じ散歩コースを歩いていてもいろんな発見があって。自然の生き物の様子とか、田んぼのサイクルとか……。近所を歩くだけでも、こんなに豊かな世界があるんだから、わざわざ自分が今いる世界を飛び出して、大きなものを描こうとしなくても、身の回りのもので、小さなことでも丁寧に観察したり、向き合ったりすることで、自分なりの表現ができるのかなって、奈義にきてから思うようになりました」

ゆるやかな生活だからこそ見つけられた視点

「那岐山は、そんなに高い山ではないけど、存在感があります。那岐山の同じ緑でも、季節によって色がどんどん変わります。毎日の那岐山の見え方によっても、一日の気持が左右されます。街中のような便利さや刺激は少ないけど、ゆるやかな生活だからこそ、那岐山をはじめ、身の回りの自然に目がいくことが多くなりました」

毎日の散歩コースはネタの宝庫

「自然や散歩コースを土台にしているので、冬はなかなか描けませんね。外に出ても生き物もあまりいないし、散歩に出てもめったに人に会わないし、これは田舎ならでは。春になって、生き物が出てきて、田んぼが動き出して、一気に漫画に描くことが増えていきます。虫のことを描くとしたら、気に留めておいて、散歩しながらチェックしたり、観察したり。散歩がネタ探しみたいな感じです」

「こんにちは、なぎさん」第26話

今後は、身の回りにあるささやかで小さなことを探して、それを漫画で表現していきたいと話すあさのさん。漫画やイラストを通じて、等身大の自分で当たり前の日常生活を表現しています。

「みじんこの中の小さな小さなつぶくらいの視点で描いていけたらいいな」

※「こんにちは、なぎさん」の漫画は、あさののいさんの個人ブログで公開されています

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