2021年の八十八夜は5月1日。立春から数えて88日目の時期に摘んだ新茶を飲むと、病気にならないという言い伝えもあるほど、昔ながらの縁起物でもあります。全国にお茶の産地は多くありますが、香川の「高瀬茶」をご存知でしょうか? 知られざる銘茶の魅力を、高瀬茶業組合の荒木直樹さんに聞きました。

トレーサビリティが確立された、安心なお茶を届けたい

山間の傾斜地一面に広がる、美しく整った畝。石ヶ谷地区と呼ばれる日本の原風景のようなこの場所は、高瀬茶発祥の地とされるところです。ここを始め茶畑が点在する三豊市高瀬町は、香川県のお茶の生産の8割を占める県内屈指の産地。高瀬茶の生産量は全国の出荷量の約0.2%と非常に少ないため、県外にはあまり知られていませんが、品評会でも評価の高い銘茶なのです。

お茶の木で作った「茶」の文字が、ランドマークになっている石ヶ谷地区

昭和30年代初めに本格的な栽培が始まり、茶業組合の設立に伴い生産体制が徐々に充実していきました。実家が茶農家で、茶業組合で長年にわたり製茶に携わってきた荒木さんは、高瀬茶の魅力は香りにあるといいます。

「ほどよい渋みや甘みが感じられる味わいに加え、豊かな香りが特徴です。とりわけ新茶は、萌え立つ新芽の香りが濃厚に感じられます」

2021年は中止ですが、例年は新茶の時期に、茶摘み娘に扮した女性たちの撮影会が行われます(写真提供:高瀬茶業組合)

また、茶業組合の指導のもと、安全管理が行き届いた栽培・製茶が行われているのも特徴。「各農家さんが、いつどんな農薬や肥料を使ったのかが分かる栽培履歴システムを、早くから構築してきました」という荒木さん。トレーサビリティが確立された、安心して飲めるお茶なんですね。

石ヶ谷地区の茶畑では、組合長夫婦が収穫の真っ最中でした。畝を挟んだ両側から茶摘み機を持ち、バリカンで葉を刈り取っていきます。葉は送風によって後ろにセットされた袋に吹き込まれる仕組み。先端の新芽だけをスムーズに刈り取るためには、新芽が出る前から木の高さを平坦にならしておくなど、手入れが不可欠だそう。「食べてみて」と言われて新芽を生でかじってみると、爽やかな青い香りがして、柔らかく後味がほんのり甘い! 天ぷらにしても美味しいとのこと、いただいた新芽を家に帰ってから揚げてみたら絶品でした。

組合長の香川さんの茶畑。メジャーな「やぶきた」のほか、香りに特徴のある「香駿」や、甘みが引き立つ「つゆひかり」などの品種を育てています。

味や香りの決め手になる、「蒸し」の工程

高瀬茶業組合では、お茶のおもてなしを受けながら詳しい話を聞くことができます。さらに事前予約をすれば、工場の見学も可能です。取材の際は荒木さんが工場を案内してくれました。

工場の中には、さまざまな種類の機械が並んでいます。おおざっぱに言えば、蒸した後に水分を抜きながら揉んでいくという流れですが、工程はかなり細かく分かれていて、水分を少しずつ丁寧に抜いていくのだといいます。

「一気に乾かすと葉のツヤがなくなってしまうので、温度を徐々に下げながら時間をかけて揉みながら乾かしていきます」

収穫された葉は、工場の入口で計量後にここから投入され、コンベアに乗ってラインに運ばれます。「新茶の時期は休みなく稼働します」と荒木さん

最も気を使う大事な工程は「蒸し」。製品の味や香りの決め手となる作業で、「その時の葉の状態や流量を見て、攪拌や胴回転と蒸し時間を設定しないといけません。スタッフの経験値が必要な工程ですね」と荒木さんはいいます。

高温の蒸気で茶葉を蒸し、発酵を止めます(写真提供:高瀬茶業組合)

葉によりをかけながら十分に乾燥が終わった後は、さらに「選別」という工程が待っています。いくつかの機械にかけると、きれいによりのかかった葉のほか、「泥粉(どろこ)」と呼ばれる粉状の葉や、「棒」という茎の部分、「柳」というよりのかからなかった葉などに分けられます。「それぞれ、粉茶、かりがね茶、番茶に利用されます。茶葉は捨てるところがないんですよ」という荒木さんの言葉に、深く頷かされました。

選別された茶葉。右の皿は通常の新茶として出荷される茶葉、左の皿は粉茶・かりがね茶・番茶になる茶葉です。

「製茶は基本的に引き算だと思うんです。自然の中で育まれた命の恵みである茶葉を、いかに100%に近い形で活かして製品にできるかが私たちのミッションです」

こう語る荒木さん自ら、新茶を淹れてくれました。さわやかな香りが鼻をくすぐった後、甘みと旨味が口の中いっぱいに広がって、まさに春の恵みをいただいた気分! 水出しで楽しむのも、おすすめだそうです。

湧かした湯を何度か移し替えることで、70℃くらいの適温に。2煎目はやや高温の湯で間を置かずに淹れるといいそう。

水色は美しい山吹色。1煎目は甘みが、2煎目は渋みが楽しめます。

近年は、一般的な緑茶やほうじ茶などに加え、紅茶や薬膳茶などを発売するほか、料理やお菓子作りにも使える粉末緑茶、緑茶を練り込んだうどんや和菓子など、バリエーション豊かなお茶製品を展開しています。

「今後も高瀬茶の魅力を色々な形で発信し、お客様に提供していきたいですね」

上から時計回りに、紅茶の「べに茶」、切手を貼ってそのままギフトとして送れる「旅茶」、2021年の新茶、生薬をブレンドした「薬膳茶」

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