高松市の繁華街から少し入った通りを行けば、不意に鼻をくすぐるコーヒーの香り。街なかにとけ込むようにたたずむ白川珈琲焙煎所は、この1月で開店から1年を迎えました。こだわりの深煎りブレンドは、どっしりとした苦みの後にほのかな甘みが感じられる、コーヒーらしい風味が特徴です。

店に立つのは、白川憲司さん。かつて家業である建設業に従事していた経歴の持ち主で、20代から30代にかけては作業着に身を包み、主に公共工事の現場で汗を流していました。当時は1日に缶コーヒーを3本飲んでいたというエピソードからも分かるように、焙煎や抽出といった作業とはほど遠い生活を送っていたといいます。

「『やっぱり微糖やな』言いながら。でも、(いま振り返れば)微糖じゃない」

そう自らを皮肉る白川さんがなぜ、コーヒーの世界でやっていこうと考えるようになったのか――街の小さな焙煎所には、店主の生きざまや思考の過程がたっぷりと詰まっていました。

大の缶コーヒー党に衝撃を与え、生き方を変えた1杯

「豆、ぷっくーってなってね。愛しいでしょ、なんか。飛び込みたいでしょ。このなか、飛び込んだろかなあ思う」

「暮らしのなかにコーヒーが普通に、日常的にあればいいなと思って」

いまでこそ説得力ある表情で言葉を並べる白川さんですが、本格的なコーヒーに出会った時期からいえば「遅咲き」の部類。ターニングポイントは、友人がハンドドリップでいれてくれた1杯のコーヒーでした。

それまで愛飲していた缶コーヒーとは明らかに異なる豊かな味わいに衝撃を受けた白川さんは、同時にコーヒーが人の気持ちを切り替えられることを実感したそう。よほどの出来事だったのか、趣味で手回しの焙煎機を購入するほどのめり込むことになりました。気がつけば、趣味だったゴルフもクラブを握ることがなくなるまで、コーヒーに没頭していたというから驚きです。

「研究」はあくまで独学で。東京、大阪、福岡と、地元を飛び出しては自らの五感を頼りにカフェや喫茶店を訪ね歩きました。

開業にあたり人から直接教えを請うたのは、焙煎機の操作方法くらいだという

「もう(店に)行ったらガン見ですよね。写真撮ってもいいところは撮るし、いろいろ質問投げかけて。うっとうしい客ですよ、いまから思えば。だからコーヒー屋さん、みんな師匠ですね。僕にとっては」

積極的な「研修旅行」を経て心機一転、家業から身を引き出身地である三豊市に前身のあめつち珈琲をオープンさせたのが、5年ほど前のことです。「あめつち」を漢字に直せば「天地」。先ほどの語りにある通り、コーヒーという飲み物が天と地の間に生きる私たちの生活に寄り添うものであってほしいと願うがゆえのネーミングでした。

「家業でやっていくっていうのも、自分のなかでぬるま湯につかってるような感覚があったので。まずは自分の生き方を確立しないことには、内にも外にも何も響かんなって」
「コーヒーを通じて人の役に立ちたいという思いはありましたね」

思い切った決断の裏側にあったのは、安定を捨ててでも自分らしい生き方を追求しようとする強い意志。白川さんにとってずっと縁遠いものだったコーヒーは、人を幸せにするためのツールという大きな意味合いを持つまでになっていたのです。