体に出ていた湿疹を蕁麻疹だと思い、皮膚科を受診した渡邉さん。ところが、その後、発熱や股関節の痛みも現れ始めます。
介護の仕事をしていた渡邉さんは、股関節の痛みは仕事で痛めたものだと思っていました。しかし、その後の診断は想像していたものとは違いました。
そこで、診断された病気とその後の向き合い方について話を聞きました。
蕁麻疹だと思っていた症状
湿疹の症状が出始めた当初、渡邉さんはそれほど深刻には受け止めていませんでした。これまでも多少湿疹が出ることがあり、乾燥や脂漏性によるものだろうと感じていました。
しかし、皮膚科を受診してから3ヶ月後、渡邉さんは血管炎と診断されます。ただの蕁麻疹ではなく、免疫系の病気だと告げられました。そのときは、完治までには時間がかかるのではと感じたものの、持ち前の楽観的な性格から、そこまで深刻には捉えていなかったといいます。
しかし、治療は思うようには進みませんでした。ステロイドを増やすと症状は落ち着くものの、減らすと再び蕁麻疹が現れる状態が続き、治療は長期にわたりました。さらに、次第に股関節にも痛みが出始めます。
当初は、介護の仕事で痛めたのだろうと考えていました。しかし痛みは徐々に強くなり、解熱剤を服用しても下がらない38~39度の発熱も続くようになります。そして診断されたのが「特発性大腿骨頭壊死症」でした。
強い痛みの中でも支えになった家族や友人
当時の渡邉さんは、体調が徐々に悪化していくように感じていたといいます。
それでも、家族や職場の同僚、友人からの支えや励ましにより、体は不自由になっていったものの、前向きな気持ちを保っていました。横になりながらでも友人や後輩に手紙を書いたり、メールや電話で話を聞いたりしていたそうです。
股関節では骨頭が壊死し、陥没した部分が骨盤に当たることで、神経に触れるような強い痛みが生じていました。痛みの強さは日によって違いましたが、立てずに四つん這いになっても股関節は動くため、常に痛みを伴う状態だったと振り返ります。
手術を考える中で訪れた新たな仕事の提案
股関節の壊死については、当初は治療方法がなく、年齢も若かったことから人工股関節置換術には踏み切らず、様子を見ることになりました。しかし、やがて立てない状態となり「いよいよ手術かな…」と考えるようになります。
仕事も休職せざるを得ず、復帰の目途も立たない状況に不安を感じていました。また、当時まだ小さかった娘さんが「パパ抱っこ」と甘えてきても抱っこしてあげられないことが、とてもつらかったといいます。
そんな中、現在の会社の社長から「体調のよいときは出社し、立てないときは自宅で自分のペースで働けるように、事務員として来ませんか?」と声をかけられました。介護職への復帰が難しい状況を理解したうえでの提案でした。
渡邉さんは「今の自分でもできることがあるなら挑戦したい」という思いと、不安の間で迷いながらも、体調に波があることに配慮してもらえる環境だったことから入社を決意しました。
周りの人の支えで乗り越えられた手術とリハビリ
渡邉さんはその後、両足同時の手術という異例の決断をします。
手術は家族や友人、医療関係者の支えにより無事に終わりました。感謝の気持ちから「早く恩返しができるように、会社に復帰したい」とリハビリに取り組んでいます。また、好きな車をもう一度運転したいという思いも支えになっていました。

なお、渡邉さんが発症した「特発性大腿骨頭壊死症」は、厚生労働省の指定難病であり、原因が完全には解明されていない病気です。一般的にはステロイドの使用やアルコールの過剰摂取などがリスク要因とされていますが、その発症や経過、症状の現れ方は人によって大きく異なります。
渡邉さんの場合、壊死は治療に不可欠であったステロイドの副作用によるものと考えられているそうです。今後も服用を続ければ、股関節以外にも肩や膝に壊死が起こる可能性がありました。現在は主治医と相談の上でステロイドの経口摂取を中止しており、壊死が再発する可能性は低くなっています。一方で、服用しないことで蕁麻疹が悪化する可能性もありました。

この病気を経験したことで、病気と向き合う人や悩みを抱える人、働きたくても働けない人、入院や手術の大変さを身をもって知ることができたと話す渡邉さん。
「同じような思いをしている方の気持ちを、少しでも理解できるのではないかと思います」と語ります。
また「難病を二つ抱えながらも元気に仕事ができ、家族と出かけられるようになったことは感謝しかありません。人工関節になったことも、私にとっては自信であり誇りです」とも話しています。
こうした経験は、会社の採用イベントや高校訪問などでも伝えているそうです。

「困難も人生の糧に」渡邉さんが就活生に伝えるメッセージ
現在の渡邉さんは、蕁麻疹と壊死症について経過観察を続けています。ステロイドの服用はすでに中止しており、安心はできないものの「ステロイドを飲まなくなったことは非常にうれしく思っています」と話していました。

企業の人事として就活生にエールを送る機会もある渡邉さん。そこで伝えているのは「困難も楽しんでいこう」というメッセージです。
「社会に出ると、思いがけない苦難に直面することもあります。しかし、困難に押しつぶされるのか、それを糧にするのかは自分次第。人生の主人公は自分自身だからこそ、苦難も人生を彩る出来事の一つと捉え、挑戦してほしい」と語ります。
また「環境は変えられなくても、自分は変わることができる。冬は必ず春になる」と、前向きなメッセージを送っています。

今回の闘病生活を通じて、仕事でもプライベートでも多くの方々に支えられて今の自分があることを強く実感したという渡邉さん。今後も、常に感謝と謙虚さを忘れず、困難なときに支えていただいた喜びを胸に、関わるすべての皆さまへ恩返しをしていきたいと考えています。
そして、目標は自身の実体験を伝え、病気に負けず人生を楽しむ姿を示すことで、周囲の方々に前向きな力を届けられる人材・人格者となることです。
二つの病を抱えることになった渡邉さんですが、周囲の支えもあり回復へと向かいました。今回の経験から、支えてくれる人の存在の大切さや、感謝の気持ちの大切さについて改めて考えさせられる出来事でした。

