先生として働いてきた男性→その後の姿に迫る。 ”バーベキュー型教育”で育む自己実現 ゆっきー先生が指南する「なりたい自分」の作り方。

先生として働いてきた男性→その後の姿に迫る。 ”バーベキュー型教育”で育む自己実現 ゆっきー先生が指南する「なりたい自分」の作り方。
初任のころ①

教育の在り方を問い直す一人の公立中学校教員がいる。保健体育の教員免許を持ちながら、現在は特別支援教室で13人の子どもたちと向き合うゆっきー先生。
彼の教育観は、常識にとらわれない自由で柔軟な発想に貫かれている。子どもたち一人ひとりの「なりたい自分」に寄り添い、主体的な学びを支える彼のストーリーを辿る。

「なりたい自分」を探す旅の伴走者として

「教育って結局、自己実現のサポートだと思うんです」
そう語るゆっきー先生は、教師である以前に“対話の伴走者”だ。彼の教育の根幹にあるのは、子どもたちが自分自身と対話しながら、どんな人間になりたいかを模索できる環境づくり。

ゆっきー先生①

例えば体育の授業、長距離走を取り上げても、子どもたちの目的はさまざまあっていいという。記録を伸ばしたい、健康のために習慣化したい、友達と楽しく取り組みたいなど「走る」という同じ行為にもそれぞれ異なる意味が宿る。

タイムを競うだけが体育じゃない。走ることにどれだけの意味をもたせられるか、それを生徒それぞれがどのように解釈し、人生に応用していくかが重要だと。

「決まった課題の中でも、自分に合った意味づけや目標設定ができるようにするのが大事」
それが、自律した学びの第一歩だとゆっきー先生は強調する。

教育は「レストラン型」から「バーベキュー型」へ

ゆっきー先生は、体系的な知識を効率よく受け取る学びを「レストラン型授業」、子どもが自らの手で試行錯誤しながら学びを組み立てていくスタイルを「バーベキュー型授業」と名付けた。

レストラン型は「お金を払って出された料理を食べる」ように、短時間で多くのことを学べるメリットがある。一方で、受け身の姿勢になりがちな側面も否定できない。

対してバーベキュー型は「火を起こし、肉を焼き、仲間と味わう」ように、準備も失敗もすべてが学びの一部となる。レストランで焦げた肉が出てくるとクレームになるが、自分で焦がしてしまったら「なぜ焦げたのか」を自ら考える。そこに、自律的な学びの足掛かりがあるというのだ。

初任のころ①

「自分で決めたことは振り返る。人は“やらされたこと”じゃなく、“やったこと”を学ぶんです」
このスタイルを意識的に取り入れてから、生徒たちの学びに対する姿勢は確実に変わったという。

特別支援教室での実践とやりがい

現在勤務しているのは特別支援教室。13人の生徒と向き合う日々は、挑戦の連続だが、やりがいに満ちている。この学級には「教科」の枠がなく、学びの中心は「自立活動」。それは、今と未来をよりよく生きていくためのスキルや姿勢を、実体験を通して学ぶ時間である。

日常に直結したテーマが、日々の教材になる。教科書よりも、生徒一人ひとりの人生がテキストになり、オーダーメイドの教育が可能なのだ。

取材のなかでゆっきー先生は何度か「成果よりも成長が大事」という言葉を使った。しかし、こういった取り組みは「受験」や「偏差値」という現実が待っているなかで、どこまで取り入れればいいのかと思い、質問を投げかけてみた。

すると「自分の幸せのために何をどうすべきか」を学生が自問自答することで学習に意欲的になったり、自分にあった学び方や考え方が確立されたりと、成果が出ているという。

ゆっきー先生②

今はネットで調べればなんでも出てくる。AIもある。だからこそ、自分で考察し、自分の答えを導き、語れるということがいかに重要かが求められているし、実際に試験の内容も変わってきているというのだ。

正解を求めるのではなく「自分はどうなりたい?」という自己対話を続けることが、それぞれの幸せや成長につながっていく、とゆっきー先生はいう。

教師としての転機“依存させない優しさ”への気づき

ゆっきー先生の教育観を大きく変えたのは、学生時代に体験した大切な人の死だった。

精神疾患を抱える友人に「優しく」なんでもしてあげることが「やさしさ」のつもりだったが、その優しさは結果的に友人の“自立すること”を遠ざけてしまったように感じたという。友人の死をきっかけに「本当の優しさって何だろう?」という問いと向き合い続けました。

初任のころ③

その葛藤の末に辿り着いたのが「相手の可能性を信じ、自立を支える」という今の教育観でした。

比べない学び、平均点を廃止した理由

勉強や運動が得意な子もいれば苦手な子もいる。人との関わり方に悩む子もいれば、自分の居場所を探している子もいる。評価によって自分の位置を知ろうとする姿も含めて、そこには社会と同じ構造がある。だからこそ、その中で一人も取りこぼさないことが教育の役割だと考えている。

「だから平均点を出しません」

テストには点数は記載されるが、平均点という“他人と比較する基準”は設けない。それは「一人ひとりの努力や成長を、自分の視点で評価できるようにするため」だという。

平均点があるから、それより上か、下かで自分のポジションを知ろうとする。でも、それは意味のないことというのだ。比較の中で見えるのは“他人との距離”であって、“自分の変化”ではないからだ。

体育の教師時

「60点でも一生懸命がんばったなら価値があるし、90点でも努力なしに取れたなら、他の時間に使えたり、授業内に努力の感覚がなく楽しんで習得しているとも言えて、それはその子の特性を活かした結果。どちらも尊いんです。大事なのは点数の高さではなく、その点数に至るまでに自分がどう向き合ったかなんです」

テストはあくまで“過程の一部”。現在地を知るためのもので、結果より、その過程にどれだけ意味や生き方を見出せたかと今の自分の実力を知ることにこそ、学びの真価がある、と語る。

その積み重ねが「自分はどう学ぶ人間でありたいか」という自己理解につながっていく。

そして、点数を起点に考えるのではなく、自分との対話で自分を律することの大切さを伝えていきたいと話す。他者との比較ではなく、過去の自分との関係の中で成長を実感できたとき、人は初めて主体的に学び続けられるようになるからだ。

親子の関係も「バーベキュー型」に

また、教育観は家庭にも影響を及ぼす。
「親の行動が、子どもの学びに直結するんです」

つい先回りして正解を教えたくなるが、あえて“間違える余白”を与えることも必要だという。プリントの誤答も、自分で気づいてクイズのように笑って受け入れ訂正すればそれが最大の学びになる。

「親がすべて整えてあげる“レストラン型子育て”じゃなく、自分で焼いて味わう“バーベキュー型子育て”でいい。そっちの方が、後からしっかり味になる感覚があるんですよ」

自分の好奇心に従って学び、自分のやり方で理解を深めたとき、生徒の中には確かな変化が現れるという。
「強制されて覚えたことより、自分で選んで取り組んだことの方が、圧倒的に記憶にも残るし応用がきく」

だからこそ、ゆっきー先生は“点数”だけにこだわらず、“主体性”を重視するのだ。

最後に「一人を見捨てない社会」を目指して

「教室は社会なんです。だから平均点を作ってそれ以上かそれ以下かを決めるようなことは極力やめた。それは、一人も取りこぼさない教育を、社会全体で実現したいからなんです」

点数だけでは測れない、人としての価値があるはずだから。

「家庭や学校の中で、そんな子育ての価値観やヒントが少しでも支援になる方がいれば嬉しい。SNSの発信も、その想いで続けています」

ゆっきー先生③

どんな子どもにも、未来を選び取る力がある。それを信じ続ける大人であること。それが、ゆっきー先生の願いだ。教育は特別なことじゃない。今日の声かけ、今日の姿勢から始まっていく。

「だから先生たちにも言葉を磨いてほしい。刺さった言葉は、人生を切り拓いてくれるはずだから」と。

人と比べない、自分を律する生き方。そのために、ゆっきー先生は今日も生徒に声をかける。
「きみはどうしたいの?」と。

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