@_.nachipic._さんは、あと数日で大学2年生を迎えるというときに突然倒れてしまいます。しかし、病院で検査をしても病名がわかりませんでした。
あるきっかけを経て、@.nachipic._さんは「自己免疫性脳炎」だと診断されます。何らかの原因で、突然痙攣発作や意識障害などを起こすという自己免疫性脳炎。
診断を受けた当時の話を聞きました。
数日間痙攣が止まらず、精神単科へ搬送
高校卒業後の3月末、友達と卒業旅行に出かけた@_.nachipic._さんは、2日目に強い悪寒と倦怠感に襲われ、検査の結果、当時流行していた感染症にかかっていることがわかりました。

そして大学進学後の5月、月経後から食事がとれなくなり、過呼吸のような痙攣発作が起こるようになります。発作は、呼吸が乱れた後に息が吐けなくなり、手足が激しく震えるのが特徴で、2時間以上続くこともありました。
発作中は発汗や顔の紅潮、脈の乱れ、意識の低下が見られ、病院で薬を投与すると落ち着くものの、その後しばらくは立ったり歩いたりできない状態が続き、1日ほどで回復していたといいます。
なんとか大学1年生を終え、2年生が始まる直前、道端で倒れて病院に搬送。薬を投与しても数日間痙攣が止まらず「てんかんの重積発作の可能性がある」として、より大きな病院へ転院することになります。
転院先では寝たきりとなり、唾液も飲み込めない状態でした。しかし脳波検査の結果、てんかんではないと判断され、病棟の環境刺激が症状に影響している可能性があるとして、精神単科の病院へ搬送されました。
精神単科の病院では、当初はほとんど身の回りのことができず、食事も介助が必要な状態でしたが、次第に車いすで座れるようになり、食事も自分でとれるまでに回復していきました。

ただ、立位や歩行は困難で、痙攣発作もよく起こり、慢性的な頭痛や不眠もあって半年間入院することになります。
「自己免疫疾患」だと診断されたのは2年後
@_.nachipic._さんは精神的な病気と診断されましたが、違和感が拭えず、脳神経内科のクリニックを受診しました。そこで自己免疫疾患の可能性を指摘され、検査を進めていた最中、SNSで知り合った友人と高校時代の先生から現在の主治医を紹介され、自己免疫性脳炎と診断されます。
それまで症状を「自分の甘えかもしれない」と責めていたものの「気持ちの問題でどうにかなるものではない」と医師に伝えられ、心が軽くなったといいます。
さらに「治療によって回復が見込める」と聞き、先が見えなかった状況に希望を感じたと振り返っていました。

@_.nachipic._さんのお母さんは、自己免疫性脳炎と診断されたことで「やっと病気として認められ、治療に進める」と安堵すると同時に、病気の大変さも実感します。
お父さんも、苦しんでいた@_.nachipic._さんが診断によって希望を持てた様子を見て、安心し、嬉しく感じたそうです。一方で、治療法が確立されていない難病であることへの不安も大きく、少しでも回復してほしいと願っていると話していました。
回復の兆しとともに続く、体調管理への取り組み
@_.nachipic._さんはこの2年間、さまざまな治療を続けてきましたが、症状は一時的に改善しても再燃を繰り返しています。それでも、最も状態が悪かった頃に比べると、周囲の支えを受けながら在宅で3ヶ月間過ごせるまでに回復しました。
現在は、週に1回ほど酸素飽和度が大きく低下する痙攣発作があり、立位や歩行が難しい状態です。体力や筋力の低下に加え、手指の巧緻運動障害や嚥下機能の低下、記憶力の低下や言葉が出にくくなるなどの高次脳機能障害もみられます。

この病気は強い疲労が出やすく、思考や集中によって発作が誘発されることがあります。そのため、お風呂や勉強、長時間の外出はできるだけ控え、脳への刺激やストレスを減らすよう心がけている@_.nachipic._さん。
また、薬の影響で免疫力が低下しているため、感染対策にも注意が必要です。高次脳機能障害の影響で、起床時に場所や日付がわからなくなることがあるため、ベッドサイドにホワイトボードを置き、情報を書いて確認できるよう工夫しています。
自己免疫性脳炎という病気を知ってほしい
原因不明で苦しんでいるとき、同じような境遇の人のSNSの投稿に励まされていた@_.nachipic._さん。そこで「少しでも苦しい状況にいる人の力になりたい」「多くの人に自己免疫性脳炎という病気を知ってほしい」ということがSNSで発信するきっかけとなりました。
今後も発信を続けていくうえで「先の見えないトンネルの中にひとりぼっちでいるように思えても、つらくて全部投げ出してしまいたくなっても生きてさえいればきっと光は差し込みます。そのため、人生を諦めないでということをまず第一に伝えたいです」と語ります。
@_.nachipic._さんは、病気が寛解したら、将来は子ども・医療・音楽に関わる病院で看護師として働きたいと明かしました。その思いのきっかけは、病棟で急変しコードブルー(緊急対応)がかかった際、一瞬意識が戻ったときに看護師が名前を呼んでくれたことでした。その呼びかけに、大きな安心を感じたといいます。

将来の体調が見通せないことも踏まえ、ホスピタルプレイスペシャリストや音楽療法士、医療クラーク、ピアサポーターなど、複数の進路を視野に入れています。現在は保育士や医療事務の勉強に加え、ホスピタルプレイスペシャリストの講義を受講中です。看護助手実務認定資格を取得し、今年は心電図検定にも挑戦したいと話しています。
「大きな目標ではありますが、どんな状況でも、子どもたちが夢や目標を持ち、笑顔で過ごせるよう支えたい」と語ってくれました。
@_.nachipic._さんの主治医によると、自己免疫性脳炎は診断や治療に至るまで時間がかかるケースも多く、精神的な不調と捉えられたまま原因がわからず苦しむ患者さんも少なくないそうです。@_.nachipic._さんの発信は、こうした病気の現状を知る一つの材料となるかもしれません。

