「起立性調節障害」という病気を聞いたことがありますか?起立性調節障害は、自律神経の乱れから脳や全身の血流不足が起こり、さまざまな体の不調を引き起こします。朝起きられない、倦怠感、めまい、立ちくらみなどといった症状が午前中に強く起こるものの、午後には軽減することが多いため「怠けている」と捉えられがちです。
今回はこの病気と向き合いながら、会社を立ち上げた熊野賢(くまのさとし)さんに話を聞きました。
体が鉛のように重く感じて、どうしても起きられない日々
熊野さんは、小学校6年生、12歳のころにある異変を感じました。それは朝起きられず、夜は眠れないということ。
それまでは、特に大きな体調不良やこれといった前兆があったわけでもなく、元気に過ごしていました。ある時期から朝は体が鉛のように重く感じてどうしても起きられず、目覚ましが鳴っても動かなくなります。
そして午前中はほとんど動けず、昼すぎからようやく少しずつ動けるようになるという日が続くようになり、学校に通うことが難しくなっていきました。

何よりつらかったのは、自分自身でも「なぜ起きられないのか」がわからないこと、周りにも理解してもらえず「怠けている」と誤解されることでした。
「早く寝れば?」「気合いが足りない」といった言葉に傷つく日々だったと思い返します。努力ではどうにもならないことを説明しても、なかなか理解はされませんでした。
家族や教師に受け入れてもらえず、「自分はダメな人間かもしれない」と感じていた時期もあったと振り返ります。
体調不良が続くなか偶然受診した眼科で、医師から「起立性調節障害の可能性が高い」と伝えられました。
医師の説明で症状との一致に納得したものの、熊野さんは「これは病気というより体質の一部だと受け止めています」と話します。
19歳のときに起業を決断
18歳のころには、大学に通いながらも「普通の会社に就職するのは無理かもしれない」と現実を突きつけられます。朝9時に出社するという働き方が自分にはできない、このままでは生きていけないかも…不安を感じていました。
そこで「自分で働き方を決められるようになる」ために起業を選択し、19歳のときにはパソコンの出張サポートを行う事業で会社を立ち上げます。理由はシンプルで「朝起きられなくても怒られない仕事」を自分でつくるしかなかったからでした。

「決して高い目標や理想があったわけではなく、できないことを回避するための、ある意味『消去法』の選択だったと思います」と語ります。
「ただ、あのとき起業という道を選んだからこそ、自分の人生が動き出したと感じている」と語る熊野さん。最初は「生きるため」「怒られないため」に始めた仕事でしたが、経験を重ねる中で、次第に「自分のように、働きたくても働けない人の力になりたい」という想いが芽生えてきたのです。
そして、30代後半のときに見かけた一枚の絵馬に書かれていた「じっとすわってられますように。しゅうしょくできますように」その言葉が、かつての自身の叫びのように思えて、胸を突き刺します。その瞬間、熊野さんには「自分の経験を社会のために使う」という覚悟が生まれたのです。
また、熊野さんは自分自身を理解し、受け入れることで初めて見えてきた道がありました。それは、かつての自身のように「社会からこぼれ落ちそうになっている人たち」と共に歩む、起業から福祉事業への転換という道でした。
誰かの「できない」を「できる」に変える場所をつくることが、現在、熊野さんが代表を務める「ワンダーフレンズ」の原点だと語ります。
生きづらさを感じてきた経験があるからこそ
起立性調節障害と向き合う熊野さんは、今も朝が苦手で、午前中の予定はできるだけ避けていると話します。しかし、30年以上付き合ってきた中で、自分の特性を理解し、工夫しながら生活する術を身につけてきました。
大事なのは「無理に治そうとすること」ではなく「うまく付き合うこと」だと思っています…と。
そうした生きづらさを感じてきた経験があるからこそ、今、就労支援や生活支援を行う仕事にやりがいを感じているといいます。
「働けないのではなく、働ける環境が整っていないだけ。そうした人たちに、少しでも選択肢を提供したい。その想いが、福祉事業に踏み出す原動力になりました。障がいを『乗り越える』必要はない。理解し、環境を整えることが、希望につながると信じています」と話してくれました。


熊野さんが、仕事をする上で常に忘れないようにしている視点は「やる気がないのではなく、できない理由があるかもしれない」ということ。支援する立場になった今も、当時の経験を生かし「何が障壁なのか」を丁寧に探る姿勢を大切にしています。
「支援の現場では『相手を信じること』を何よりも大切にしており『人は、信じてもらえると強くなれる』そう信じています」
熊野さんは、同じように障がいを抱える方々にこんなメッセージをくださいました。
「今できないことがあっても、それはあなたの価値を決めるものではありません。社会はまだまだ不完全で、あなたに合った働き方や生き方が見つかりにくいかもしれません。でも、だからこそ、自分のペースで自分らしく歩めばいいんです。僕自身『できないこと』からスタートして今があります。一人で抱え込まず、誰かに頼ってください。そして、いつかあなたの物語が、誰かの希望になる日が必ず来ます」
目には見えない病気や、起立性調節障害のように「怠けている」と理解されにくい病気を、一人で抱えている人は少なくはないかもしれません。一人で抱え込まず、誰かに頼ってみることで何かの道が開けるかもしれない…と、熊野さんのこれまでのお話からそう感じた方も多いのではないでしょうか。

