2009年の開講以来、約2,900名ものワークショップデザイナーを輩出してきた、青山学院大学大学院ワークショップデザイナー育成プログラム。その設立から携わり、現在同プログラムの事務局長を務めるのが、青山学院大学社会情報学部プロジェクト准教授の中尾根美沙子さんだ。

ワークショップって何だ?

いまや、ワークショップという言葉を知らない人はほとんどいないだろう。一方で、折り紙ワークショップから組織開発ワークショップまで、さまざまな場面でワークショップという言葉が使われており、実際何なのかわからないという人も少なくないのではないだろうか。ワークショップとは一体何だろうか。

「その曖昧さ、ゆるさがワークショップの魅力だと思います。多種多様な人や物を含むことができることはポジティブなことだと思います。だから私は、これはワークショップではない、と線引きしません」

実際、ワークショップには様々な視点に基づく定義が存在する。中尾根さんも、時と場面に応じて説明の仕方を変えたり、定義を使い分けたりするとのこと。その中で、中尾根さんが一番良く使うのが、『ワークショップ(中野民夫 著/岩波新書)』という本に書かれている以下の定義だという。

『講義などの一方的な知識伝達のスタイルではなく、参加者が自ら参加・体験して共同で何かを学び合ったり創り出したりする学びと創造のスタイル』

そして、このワークショップを設計し、実際に進行していくのが、ワークショップデザイナーという存在だ。

「ワークショップデザイナーは場づくりの専門家です。ワークショップデザイナーが場を観察し、常に質の高い場づくりができているかを問うことは、ワークショップを行うにあたってとても重要だと思います」

ワークショップについて講義する中尾根さん

例えば、参加者間で大変盛り上がっているものの、目的とは無関係の話題になっている場合や、ファシリテーターの働きかけがないと目的に向かって参加者が行動できない状態が続く場合は、場づくりが上手くいっているとはいえない。

一方で、場づくりが成功していると、ファシリテーターの存在が無くても、自然と参加者どうしでテーマについて議論したり、ゴールに向けて共同作業したりすることができる。

そのためには、ワークショップ計画段階で、参加者を想定したプログラム作りや難易度調整等に加えて、ファシリテーターは絶えず場を見て、参加者の表情や発言、振る舞いなどをヒントに、ある時は指示や例示などの介入をし、ある時は見守るといったファシリテーションを行うことが重要だ。

「正解が存在して、それに向かってどう人材を育成するか取り組む時代から、多様な価値観が混在し、正解などないかもしれない世の中となり、人々はプロセスを共有し、その場における納得解を見つけ出すことが重要になってきています。そんな時代の変化の中で、ワークショップやその考え方は注目されて、必要とされていると感じます」

ワークショップデザイナー育成プログラムができるまで

青山学院大学社会情報学部プロジェクト准教授の中尾根美沙子さん

中尾根さんは大学在学中、友人に誘われたことがきっかけで、小学生向けにワークショップを行うNPO法人学習環境デザイン工房のボランティアをするようになった。これが、ワークショップとの出会いだったという。

「ワークショップにすごくはまってしまいました。そして、ボランティアに加えて研究もしたいと考え、立教大学大学院の修士課程に進み、ファシリテーターの熟達モデルを研究しました。一方的な講義形式の学びでなく、ワークショップを通して子どもたちが学び合う場づくりをすることで、日本の教育を変えたいという思いを持っていました。しかし、ワークショップを1件1件やるだけではなかなか理想の実現は遠く感じました。そこで、自分自身がワークショップをすることよりも、ワークショップをする人の育成が必要だと感じていました」

大学院を卒業後、約1年ほど社会人生活をしていた中尾根さん。だが、青山学院大学でワークショップデザイナーの育成プログラムの立ち上げを計画していた恩師である苅宿俊文教授に誘われ、退職して立ち上げに参画することを決意した。

「1年間の準備期間を経て、2009年にワークショップデザイナー育成プログラムを開講しました。最初に集まったのは25人。初日の光景は今でも覚えています。本当に受講生が集まるだろうかと半信半疑でした。しかも私はまだ社会に出たばかりでした。受講生は人生の先輩ばかり。心臓が飛び出そうなくらい緊張しました。講座も自分自身も受講生の方々に育てていただいたと思っています」

当初は教育関係者が集まると考えていたという。だが、蓋を開けてみると、教育に加え医療、ビジネス、アーティストなど多種多様な方々が集まり、想像以上に様々な業界でコミュニケーションの場づくりが求められていることがわかった。

「当時はまだまだワークショップという言葉は知られていませんでした。何のお店ですか? という状態です。そのため、集まった受講生の方々は、アンテナをはっている各界のオピニオンリーダーという感じでした」

プログラム一期生との同窓会で

このプログラムは3年間の期限付きの助成金を受けて行われていた。そのため、当初は3年間やり切ろうという考えだったという。

「でも、どんどん口コミでプログラムが広がり、人々に求められていることがわかりました。大学のプロジェクトって助成金の切れ目で終わることがほとんどなので、異例だったんですが、3年目くらいから何とか独立採算で継続できないか模索し始めました」

ワークショップは日常で使えるスキル

それから約15年。時代は大きく変わった。ワークショップという言葉は当たり前のように知られるようになった。5年ほど前から、受講生の半数が、勤務先の会社から派遣されて学びにくる人で占められるようになった。

青山学院大学ワークショップデザイナー育成プログラムの授業風景

さらに、新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけに、完全オンラインで実施するコースもスタートした。ワークショップデザインを学ぶ人々の輪は全国へと広がっている。

「年齢は関係ないです。いま、実践の場が無くても構いません。これからのキャリアの中で、実践家として学んだことをどう活用して社会にアプローチしたいのかを考えている人にぜひワークショップを学んでほしいと思います。また、ワークショップデザインのスキルは、ワークショップの場面だけのものではありません。アルバイト先でのコミュニケーション。サークル内の人間関係の改善。自分自身の日々を振り返ること。あらゆる場面で、そのエッセンスを落とし込むことができます。日常で使えるスキルなのです」

これからの社会を生きる私たちにとって、ワークショップの考え方は鍵となるのではないだろうか。気になったあなたは、ぜひ身近に開催されているワークショップに参加することからぜひはじめの一歩を踏み出してみてほしい。

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