「みんなが変人である必要はありません。でも、一定の変人は必要です。地球の歴史を振り返っても、人類の歴史を振り返っても、危機を乗り越えたり、革新を起こしたりするのは、それまで主流派ではなかった変人です。変人は社会に必要な遊び。機械に遊びが必要なのと同じ。でも最近はそういう遊びを一切許さない風潮があります。変人の人権を守らなければいけないのです」

こう話すのが、2017年に京都大学でスタートした『京大変人講座』の仕掛け人である、京都大学の酒井敏教授。文系不要論が叫ばれる社会情勢や、京都大学の持つ自由で寛容で多様な気風が薄れていくことへの危機感が、設立のきっかけだったという。

講座では、各界で活躍する京大の教員たちが、それぞれの分野と紐付けて変人について語っていく。これまでには、哲学者の伊勢田哲治准教授による「あいまいという真実」や、人類学者の山際壽一元総長による「ゴリラから見た人間の非常識」といった、テーマだけでも気になるような講座が開催されてきた。たちまち人気講座となり、その内容は、2度にわたって書籍化もされている。

変人講座に欠かせないもの

京大変人講座の様子

しかし、順調に活動を続けていた2020年。新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、講座が対面で開催できない状況が続いた。

「コロナでいろんなことができなくなりましたよね。こういう時だからこそ、変人の出番だという気持ちがありました」

そこで、まずは変人講座のオンライン開催を試みた。しかし、継続はしなかった。

「講義そのものはたしかにオンラインで代替できました。ロジカルな情報を伝えるということはできます。でもそれって人間がわざわざ話す必要はないと感じました。大事なのは、その場で感じられるオーラのようなものとか、言語だけで表現しきれない部分です。しかし、オンラインだとこれらを感じることが難しいと気づきました。きっと人間には、対面での言語外のコミュニケーション能力があるんだと思います。そして、変人講座にはそこが欠かせない部分だったわけです」

大学の教員たちが語る、様々な研究結果を背景にした変人の意義や重要性などの話は興味深いが、ただそれを聞くだけでは不十分。その場が醸し出す雰囲気こそを人々は楽しみ、その自由さや寛容さ、多様さを体感し、居心地の良さを感じていた。

オンラインではそのような場を作ることができなかった。コロナで対面の価値を再認識できたと、酒井教授は話す。

京大の専売特許ではない

「京都大学という枠組みの中で活動をスタートしたのですが、徐々に京都大学外に出て行ったり、京都大学以外の方とコラボレーションをする中で、世の中には変人が必要だと思っている人はたくさんいると感じました。そこで、2022年度限りで定年退職するということもあるので、そろそろ京大という冠を外す良い機会ではないかと思っています」

もともと、変人講座という名前では偏見で誰にも相手にされないと感じ、京大という冠をつけたという。しかし、変人は京大の専売特許ではないと酒井教授は強調する。

コロナ禍に開催したオンライン講座の登壇者は、京都大学以外から招いた。

オンライン開催した変人講座の案内

また最近では、地方の高校への出前授業もスタートしている。2022年には、香川県内の2つの高校で出前授業を行った。地方の子どもたちと出会う機会が増えたことで、地方への印象が変わったという。

「変人の話をしに行くと、斜に構えた反応が少なくないです。でも、香川ではわりとすんなり聞き入れられました。なぜだろうと。都会だと競争が激しいので、先生の話をしっかり聞いて進学校へ行くという傾向がより強化されます。また、都会だと子どもたちの周囲に存在するものは全て人工的に作られたもので、全て用途が決まっていて、ルール通りに使う必要があります。そのため、正しさへの強迫観念のようなものがあります。

一方で、田舎に行くと自然があります。自然の中では、勝手に遊ぶことができます。そんな環境では、自分の世界と世の中とのズレを感じる経験ができる。ズレることに抵抗がないのです。だから変人の話をすんなり聞くことができたのだと思います。地方の子どもたちの可能性を感じました」

これからは地方の時代

現在、京大変人講座は京都大学の子会社である京大オリジナル株式会社が運営しており、酒井教授が退官後も継続予定だ。

一方で、酒井教授自身は今後、故郷である静岡を拠点に、ほどよく自然が残り、ほどよく人が集まる地方都市の可能性に注目しながら、変人をテーマにした活動を独自に展開していく予定だ。

「勝手に遊んでいる。楽しそうに遊んでいる大人がいる。そんな地域は可能性にあふれていると思います。正しさは伝わらない、楽しさはうつる、という言葉があります。楽しむことが悪みたいな風潮がどうしてもありますが、楽しむところから新しいものが生まれます。自然が残るということは、遊びがあり、自由さや不確かさがあるということ。これからは地方の時代だと思います」

「変人」をテーマに活動する人々とヘンポジウムを開催

酒井教授が地方から仕掛ける変人ムーブメント。

思えば、明治維新が地方の若者たちから始まったように、社会を変えるムーブメントは地方から始まることも少なくない。「変人」をテーマにした活動が、いずれ時代を変えるムーブメントになるかもしれない。

この記事の写真一覧はこちら