海を越えて2000キロほどの「渡り」をする蝶々アサギマダラ。その優雅な姿を間近に見ようと、全国各地でアサギマダラの呼び込み活動が展開されている。瀬戸内国際芸術祭2022が開催中の香川県内でも、「天然のアート」アサギマダラを鑑賞できる飛来地が人気だ。旅するアサギマダラをお遍路さんのように、おもてなしの心で迎える人々を取材した。

望遠レンズで狙う人たち 

ベストショットを狙って、アサギマダラにカメラを向ける人たち

ふわっとした風に乗って、1頭のアサギマダラが姿を見せた。まるでリズムを刻んでいるような独特の舞い。白いフジバカマの上をしばらく飛ぶと、蜜を吸い始めた。望遠レンズで4〜5人が狙う。羽を開いて飛び立つ瞬間、たくさんのシャッター音が聞こえた。

「飛び方が優雅やね」「飛んでるところを撮りたくて」「毎日、追っかけています」。飛来地のひとつ香川県善通寺市碑殿町の畑で、見学に来た人が口々に語った。月照上人を祀る牛額寺前の畑およそ10アールに、赤と白のフジバカマ350株ほどが栽培されている。秋の七草の一つで、アサギマダラが好む花として知られる。

アサギマダラを呼び込む活動は、「渡る蝶」だと分かった1980年代にスタート。香川県内では、観音寺市の「有明浜の海浜植物とアサギマダラ飛翔会(以下、飛翔会)」が2015年から取り組み、県内各地に広がっている。

善通寺市在住で主婦の山下香代子さんはその頃、飛翔会と交流があった佐藤健さんからフジバカマ5株を譲り受け、自宅の畑に植えた。佐藤さんは「アサギマダラの旅を応援したいという気持ちで、飛翔会からいただいたフジバカマを数人にお分けしました。山下さんは、そのうちの一人です」と振り返った。

香川県善通寺市で、アサギマダラの「お接待」をする(左から)原昌司さんと山下香代子さん。佐藤健さんは多度津町で活動中。

「たくさんの人に見てほしい」

山下さんの畑では、最初の年は飛来ゼロだったが、翌年に毎日20頭から30頭ほど飛んできた。その美しさは近所の人を魅了した。山下さんと地域の人は「地域にとどめず、たくさんの人に見てもらいたい」と思い、2018年12月に「吉原アサギマダラを迎える会」を結成。自宅の畑に加えて休耕地を借り受けて整備した。

アサギマダラが飛来する10月と11月初頭は、午前8時半から午後5時ごろまで見学者をもてなす。2021年は県内外から延べ1300人ほど、2022年も1日あたり100人程度が訪れている。

「何気なく植えたら、アサギマダラが飛んでくるようになったので、皆さんに見てもらいたくて。善通寺は弘法大師空海さん誕生の地なので、蝶々をお接待する気持ちで迎えているんですよ」

山下さんは笑顔で話した。お接待のポイントは人工的な手を加えず、自然な環境を用意することだという。

近くに寄っても逃げないことも多い

一緒におもてなししていた原昌司さんも「アサギマダラを見ているひとときは、気持ちが落ち着いて、癒されます。何キロも飛んで『ここに来てくれた』という気分になるんです」と語った。

5株のフジバカマから始まった活動は、近所の保育園・小学校にプランターでお裾分けしたり、周辺の4自治体のグループに株分けができるほどに成長。各所に株分けするたびに「そしたら、アサギマダラが飛んできた」という成功ストーリーが繰り返された。

伊吹島では瀬戸芸のアートと競演

「伊吹島では、アサギマダラの乱舞が自然のアートになると考えました。瀬戸芸のお客さんに見てもらいたいと思って活動したら、その通りになったんです」

飛翔会メンバーの小西武利さんは、こう話す。観音寺市の伊吹島では2016年の瀬戸芸で、アサギマダラが多くのアートファンに感動をもたらした。しかし、2022年は飛来数が例年よりも少ないという。フジバカマの一部が白絹病で枯れたことが原因らしい。

光の当たり方で羽の見え方が異なる

また、アサギマダラは気温20度から25度で姿を見せるが、今シーズンは日によって寒暖差が大きいため、飛来数が安定しないそうだ。「見にきてくれても飛んでないこともあって、申し訳なく思います」と山下さん。だが、タイミングが良ければ、善通寺の畑では30頭から50頭ほど見られたという。

マーキング済の個体も確認

アサギマダラは羽を広げると10センチほどの大きさで、なぜ長距離を移動できるのか、どのように海を渡るのか、謎とされる。春に北上、秋に南下する渡りのルートを解明するため、大阪府枚方市の「アサギマダラの会」が全国のグループと調査を続けている。山下さんたちも、善通寺に飛来したことを示すマーキングをして放ったり、マーキング済みの個体情報を確認している。

取材の途中でマーキングされたアサギマダラに遭遇(香川県丸亀市の手島で撮影)

2022年は、群馬県、兵庫県、京都府で捕獲されてマーキング済みの個体を確認した。実際にどこから飛んできたのか判明すると感慨深い。一方、自然な姿を大切にしたいファンもいるので、山下さんたちはマーキングする個体を少数に留めているという。

昆虫に詳しい大阪市立自然史博物館の学芸員、長田庸平さんは「渡る蝶々ということは分かっているので、今後マーキングで新事実が判明することはないでしょう。アサギマダラの美しい姿から、自然や生き物に関心を持ってくれればいいと思います」と話した。

山下さんの夢は、善通寺市内で羽化したアサギマダラを旅に送り出すこと。「蝶々にこれほど大勢の人が集まってくれるのが、すごいと感じます。美しい里山が蝶々のファンで賑わうことが嬉しい」。原さんは、飛来シーズンが終わると「元気でいてくれよ。みんな、うまく南の島に行って繁殖して、また戻ってきてくれよ。そんな気持ちになります」と話した。

蜜を吸って飛び立つ瞬間、羽を広げる

〈空海の 里なる秋の 蝶として〉

見学者が詠んだ俳句だ。アサギマダラは、善通寺など飛来地に秋を告げて南へと旅を続ける。

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