舞台上で手話通訳をする「舞台手話通訳者」。その舞台手話通訳者を育成し、支える存在がある。
特定非営利活動法人シアター・アクセシビリティ・ネットワーク(略称:TA-net ターネット)の理事長である廣川麻子(ひろかわあさこ)さんに設立の経緯や課題、活動の原動力について話を聞いた。

イギリスで舞台手話通訳者の存在に影響を受ける

舞台をよりよくするために細かい話し合いをしている三人。右が廣川さん。(TA-netより提供)

廣川さんは、数年前のイギリス留学時に舞台手話通訳者の存在を知った。イギリスは、シェイクスピアが生まれた国で、演劇をもとに舞台は勿論、映画など、芸術文化が日本と比べて賑わっている。

どんな身体感覚の持ち主(身体障害者)であってもみんなと一緒に楽しめられるように舞台鑑賞のバリアフリーが日本より進んでいると感じたそうだ。

廣川さんは、カルチャーショックを受けながら、イギリスのように舞台鑑賞をみんなでもっと楽しみたいと思ったという。

そして帰国後、舞台鑑賞サポートのアクセシビリティ向上のために、2012年にTA-netを設立し、2013年にNPO法人資格を取得。そこから様々な準備をコツコツと重ね、舞台手話通訳養成の道への第一歩を踏んだのは2016年。2018年から舞台手話通訳養成講座を開始した。

事前にコミュニケーションの数を重ねて前進

活動を始め、少しずつだがあちこちの舞台に舞台手話通訳がつくようになった。そして聴覚障害者の鑑賞者も増えつつある。

廣川さんによると、TA-net以外も含め、2020年は5公演。2021年には、12公演。2022年は現時点で15公演に舞台手話通訳がつく予定だという。

その過程にはどんなものがあったのだろうか。

「舞台手話通訳の認識はまだ日本では進んでません。取り組んでいく中で、やはり最初は演劇関係者の方々から戸惑いを感じました」

また、活動当時は、新型コロナウィルスの流行が始まっていた。

「不運ではありましたが、幸いなことにzoomが普及するようになりましたよね。場所を選ばずに、時間の都合さえつければできるという利便性もあって。おかげで演出家と脚本家など、関係者たちと話しやすくもなりました。稽古に入る前まで何回もコミュニケーションを重ねていきましたね」

話し合い中の廣川さんたち(TA-netより提供)

そして、稽古に入ると自然に「いい舞台にしよう!」という熱意がお互いに徐々に生まれたという。

「稽古に参加している皆さんが演劇を愛しているからできることだと思います。そうでないと、みんなと意気投合することは、難しい。身体の芯からメラメラと出てくる“演劇が好きだ”という情熱以上で語れるコミュニケーションはないですから」

手話で話している廣川さん(TA-netより提供)

そして舞台通訳者に必要な資質についても話してくれた。

「舞台手話通訳者に必要な資質は二つ。一つは、手話が好きで日常レベルで話せること、そして演劇が好きであること。この“好き”がないと、舞台手話通訳者になれたとしても続けるのは難しいです。持論ですが、好きに勝る以上の原動力はないと私は考えています」

課題は舞台手話通訳の認知向上

廣川さんに、今後の課題を尋ねた。

「舞台手話通訳者という存在がいることは、聴覚障害者の間ではまだ浸透していません。また、どの演目に舞台手話通訳がつくのか、探しにくい。またチケットの予約も慣れないと、チケットがとりにくいということもあります。あとやはり聴覚障害者の中には、さまざまなきこえの人がいるので、手話がわからないという人も勿論います。また、一般の人の中にも“なぜ舞台手話通訳が必要なのか?”ということの理解が広まっていません。そういった現況を踏まえて、いかに舞台手話通訳の必要性や魅力を伝えていくかが今後の課題となっています」

舞台が好きな人を増やしたい

手話で話す廣川さん(TA-netより提供)

舞台手話通訳の魅力は、手話という「感情のことば」だと廣川さんは話す。

「字幕だと無機質な文字だけになりますよね。それでは足りないと感じていて。舞台手話通訳という“人”を通したことばであれば、気持ちが文字情報以上に伝わる。その魅力を鑑賞し終わった後、誰かと感想を共有する時間が本当に至福なんです。その仲間を増やしたい。そのためにはみんなで楽しめる取り組みが必要です。時間はかかるかもしれませんが、地道に取り組んで課題を一つひとつ解決できたらいいなと思っています」

廣川さんがTA-netで活動し続けている原動力はそこにあるのだろう。

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