さまざまな事情により生みの親の元では暮らせない子どもたちを家族として迎え入れる特別養子縁組制度。そこには、子どもに生い立ちに関する事実を伝える「真実告知」という課題がある。今回は、里親・里子を支援するNPO法人「Happinesss(ハピネス)」の代表であり、自身も特別養子縁組で養子を迎えた栗田三千子さんに、真実告知の難しさや、親子関係を築くために大切なことを尋ねた。

血の繋がりはない。だけどあなたは大切な子

栗田さんが特別養子縁組を介し、生後2か月の赤ちゃんを養子に迎えたのは2019年の冬のこと。40代後半で再婚した栗田さんにはすでに2人の子がいたが、再婚相手との間に子どもを授かることができず、夫婦で話し合って特別養子縁組を行うことを決めた。現在は栗田さんの母親とともに4人で暮らしている。

養子を迎えた家庭には「真実告知」という大きな課題がある。真実告知とは養親が養子に「あなたを生んだ親は別にいて、私とあなたは血が繋がっていない」「それでもあなたは私たちの大事な子」と伝え、親子ともに子どもの生い立ちを受け入れていくことだ。一度で終わるものではなく、子どもの性格や成長によってタイミングや内容を変えながら、繰り返し行っていく。

栗田さんの運営するNPO法人「Happinesss」で提供している真実告知の絵本(試作品)

栗田さんの家庭では、2歳の時にオリジナルの絵本を作って最初の告知を行った。

「2歳の子にはまだわからないと思われるかもしれませんが、これはふつうの絵本じゃない、自分にとって良い話ではないと感じとっているようでした。そわそわしながら全然違うことを話し始めたり、急にわがままになったりするんですよね。そんな時はふだん以上に甘えさせるし、抱っこやハグをたくさんします」

事実を受け入れるのは、子どもだけでなく養親にとっても簡単ではない。栗田さんにとって真実告知は、子どもの実母の存在と向き合う時間だった。

「最初は『子どもを捨てて自分の人生を選んだ』と、実母さんに対して否定的な気持ちだったんです。生みのお母さんがいると伝える時も、ママやお母さんという言葉を使いたくありませんでした」

そんな悶々とした思いを抱えていたある日、栗田さんは自身が妊娠していた時のことを思い出す機会があった。それを機に実母への気持ちが変化していった。

「子どもってお腹にいる時から愛おしいじゃないですか。きっと実母さんも妊娠中、子どもに話しかけたり、お腹を撫でたりしていたと思うんです。だけど事情があってひとりでは育てられなかった。この子を幸せにするためにはどうするのが一番か考えた結果、手放して養子に出すという決断に達したんだとしたら、すごくつらい気持ちだったんじゃないかとその時初めて気づいたんです。今は、実母さんが無事に出産してくれたおかげで子どもに出会えたと感謝するようになりました。子どもの生い立ちを受け入れることで、親も子どもと一緒に成長していると実感しています」

絵本の中で描かれる実母のはなさん(仮名)

目指すのは、怒りや悲しみも共有できる関係

養親のなかには「子どもを傷つけたくない」「自分が生んであげられなかった事実と向き合いたくない」など、さまざまな理由から真実告知に踏み切れない人が多くいる。

しかし、子どもの生い立ちは隠し通せるものではない。事実を伝えるのが遅れるほど、子どもを深く傷つけてしまうことも考えられる。たとえば、突然他人から知らされる、自分で戸籍を確認したときに気づくというケースはよくあることだ。

結果、親への暴力や家出、非行などにつながり、親子関係が崩れてしまうこともある。こうしたことを防ぐためにも、真実告知は子どもが幼い頃から行い、信頼関係を築いていくことが大切だと栗田さんは言う。

「家族って、その子のアイデンティティを作る土台じゃないですか。家族との関係をないがしろにしちゃうと、その上にどんなに乗っけていっても、ちょっとしたことで崩れ落ちてしまうんです。もちろん幼い頃から真実告知をしていても意味が理解できるようになると、当然本人は傷つき、どうして生みの親は育ててくれなかったのか、自分が可愛くなかったのかという不満や不安が募っていきます。そういう時に『いつでも聞いて、知っていることは何でも答えるよ』と受け止めてあげる。同時に『私たちもあなたを生むことができなくてすごく悲しかったよ』と伝え、お互いに怒りや不満、悲しみを共有できるようになると信頼関係が強くなると思います。ただ、そこに行きつける人はごく少ないのが現状です」

真実告知を支える、その親子だけの特別なストーリー

栗田さんは「親元で暮らせない子どもを支援したい」という思いから、2018年に任意団体Happinesss(現在はNPO法人)を設立した。

2020年には、養子縁組親子に真実告知用の絵本を贈る「家族の絵本プロジェクト」を、あなたの絵本ドットコム(オリジナル絵本専門店)の協力のもと始動させた。主人公の名前やタイトル、イラスト、言葉やストーリーを自由に変えられるようになっている。

「養子にはそれぞれ違うストーリーがあるので、真実告知で伝える内容は親子によって異なります。家族になった時の気持ちや思い出はもちろん、その子が養子になった背景もさまざまで、生まれてすぐ養親の元に行く子もいれば、虐待や遺棄されていた子、病気や事故で親と死別した子などもいます。真実をどこまで伝えるか、どんな内容や言葉を使えば伝わるかを考えながら絵本を作っていただきたいですし、『あなたは大切な子だよ』と何度も伝えるきっかけになれば嬉しいです」

絵本制作の過程。養親には仕立て券が送られ、自身で構成やイラストを決めていく

栗田さんの子は今年で4歳になる。理解できることも増え、1、2年後には自分の生い立ちについての疑問や不満をぶつけてくるかもしれない。しかし栗田さんはいたって前向きだ。

「深刻になりすぎないのが大切だと思います。たしかに私はあなたを生んでいないという事実はこれ以上変えられません。だけどあなたのことは大事だし、これから先も命がけで育てていく。何も心配することはないよって伝えていきます。喧嘩が増えても、100%良い子にならなくても良いんです。あまり重くなりすぎず、ふだんの会話のなかで疑問に思ったことを聞ける関係を築いていきたいです」

「大切だよ」と言葉にして伝え、悲しみも不安も共有する。そうしたコミュニケーションは、血の繋がりの有無にかかわらず、どんなかたちの家族でも強い信頼関係を作り、子どものよりどころとなっていくのだろう。

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