愛知県名古屋市に予約が取れない人気のインド料理店がある。カウンター5席のみの小さな店で、週に3日のみ営業している。月末に翌月の営業日をSNSで告知し、1か月分の予約を取るスタイル。毎回、予約開始とともに1分もしないうちに予約が埋まってしまう。
「たぶん日本で一番小さいインド料理店だと思います」と語るのは、「too much india」の富野ひとみ(通称トミー)さんだ。週3日しか営業しない理由やインド料理にかけるこだわりについて、トミーさんに聞いた。

too much indiaの店内(富野さん提供)

インド料理との出会い

トミーさんは飲食店で働いた経験はなく、会社で経理の仕事をしていた。カレー作りが趣味だったわけでもなかったそうだ。インド料理に出会ったきっかけは、夫と一緒に行った10日間の西・南インド旅行。インド料理がおいしかったのはもちろん、ベジタリアン料理の豊富なバリエーションに衝撃を受けた。

「もともと夫がベジタリアンなんですが、日本では外食のときほとんど選択肢がありませんでした。でも、インドはベジタリアンの人が多く、メニューにもしっかり表記してあるんです。そして野菜だけなのに、豊富なメニューとそのおいしさに感動しました。それで帰国してから家でインド料理を作るようになって、スパイス料理の奥深さにハマっていったんです」

インドで食べたご飯(富野さん提供)

もともと何かを作ることが好きだったというトミーさん。絵を描くことや音楽も好きでバンド活動にも力を入れていた。しかしあるとき、バンドが解散。ぽっかりと時間が空いたときに「インド料理屋さんをやったら楽しそう」と思いつく。

こうしてトミーさんは仕事をしながら、週末に友人の店で間借り営業をはじめた。次第にファンが増えていき、対応し切れなくなってきたため予約制に。その予約も埋まるようになり「これなら自分で店ができるかもしれない」と思いはじめた。

そして仕事を辞め、「100のレシピ採集旅行」と称して再びインドに。半年間、インドの家庭をまわってレシピを集めた。

インドの一般家庭にて(富野さん提供)

「日本で知り合ったインド人の実家に泊まらせてもらったり、自宅兼ゲストハウスみたいになっている宿に泊まって料理を見せてもらったりしました。家庭で作られる料理のおいしさ、奥深さを知り、家庭料理に絞ってレシピを集めたんです」

帰国後、自宅のガレージを改装。知り合いの建築家の力も借りながら、自分たちでも作業し、1年かけて実店舗をオープンさせた。

料理のこだわりと週3日営業のワケ

トミーさんのこだわりは、インドの「家庭料理」を出すこと。

「インドに行ったとき、レストランはどこも似たような味に感じてしまったんですが、家庭料理は作る人の数だけバリエーションがあって感動しました。インドのお母さん、お父さんから教えてもらった味をそのまま再現したいんです」

インドの家庭では作り置きせず、できたてのものを食べる習慣がある。トミーさんも現地にならって、なるべく当日の朝に作るようにしているそうだ。

too much indiaのランチ。基本的にベジタリアン料理を出している。(富野さん提供)

週末2日間はランチを、週に1日はモーニングを出す週3日営業。手間暇をかけて料理にこだわっているとはいえ、あまり一般的ではないスタイルを本人はどのように思っているのだろうか。

「私が飽き性なんですよね。同じものを作っていると飽きてしまうので、毎月メニューを変えています。そのため、メニューを考案して試作するための時間が必要なんです。5〜6種類あるおかずを全部変えて、食べ合わせも考えて……と。私にとって、このクリエイティブな時間がすごく大切で、これがないと精神的につらくなっちゃうんですよね。私にとってのワークライフバランスです」

たくさんの種類のおかずが書かれた月のメニュー

自宅兼店舗なので家賃がかからないことも大きいという。自分一人でやっているので、人件費もかからない。無理をせずクリエイティブを楽しみながら働くのが、トミーさんのスタイルだ。

「お店を借りて人を雇って大きく利益を上げるのではなく、小さく自分でできることを創造していけたらいいなと思っています。すごく頑張れば営業日も増やせるかもしれないけど、私はクリエイティブな時間を確保したいですね」

店のカードはトミーさんが描いた絵

2022年6月にもインドを訪れ、新しいレシピを入手してきたというトミーさん。今後、どんな料理が出されるのか楽しみだ。

この記事の写真一覧はこちら