瀬戸大橋の目と鼻の先に浮かぶ岡山県の小さな島「松島」。かつては漁業で栄え、周囲1キロほどの島に100人もの島民が住む時代もありましたが、2021年に最後の島民が引っ越して無人島に。そんな松島へ2022年4月、25歳の若者が単身移住。鬱蒼と生い茂った草木を開拓し、朽ちかけた古民家を協力者とともに再生して一棟貸しの宿を開業しようと奮闘しています。

ジャングル化する島

松島は鷲羽山の麓から約600メートル沖に位置する小島です。島へ渡る定期船はなく、移動手段は自前の船か渡し船のみ。児島半島からはプレジャーボートで10分ほどで到着します。

鷲羽山中腹から見える「松島」。泳いで渡れそうな程の近距離です。

かつては小中学校の分校もあった松島。無人島と言えどつい最近まで人が暮らしていたため、海底送水管で水が送られているほか、電気も使用可。船でプロパンガスを運び込めば、ガスも使えます。また、元島民の中には釣りや漁の途中で立ち寄ったり、墓参りをしたりと頻繁に行き来する人たちもいます。
しかし、人が住まなくなった島は建物周辺や道に草木がすぐに生い茂ってジャングルのようになり、急速に荒れていきました。

急速に朽ちていく島の姿。草木でジャングル化していた道や階段を脇村さんが切り開き、通行できるようになりました。

瀬戸内の無人島へたった一人で移住

島に移り住んだのは、兵庫県神戸市出身の脇村拓嗣さんです。脇村さんは大学卒業後、東京のIT企業でのサラリーマンを経て、2020年8月、岡山県倉敷市に地域おこし協力隊として着任しました。着任当初は毎日、松島まで船で通勤。旧分校跡地を活動拠点に、一般社団法人「松島分校美術館」とともにアーティストの滞在制作受け入れや、団体向けに体験型イベントを実施してきました。

「畑をしたり、漁をするなど、松島を今も生活の一部として行き来する人たちから声を掛けてもらい、ワカメの獲り方や干し方、島の歴史を教えてもらいました」

近所の漁業組合から譲り受けた浮き桟橋を修理して設置

着任してしばらくたった頃、脇村さんにある思いが生まれます。

「人の行き来がなくなれば島は急速に荒れていってしまう。これでは受け継がれてきたワカメ漁や島での暮らしなど、かつての島の風景が消えてしまう…」

島の荒廃を食い止めようと一人黙々と草を刈り木を切りながら、なんとか人の往来が生まれるきっかけを作れないかと考えていた矢先、脇村さんに転機が訪れます。

借してもらえそうな古民家が高台の上にあるという話を聞きました。島暮らし体験ができる宿としてその古民家を改修したいと申し出て、所有者から許可をもらうことができました」
古民家の改修に本腰を入れるため、脇村さんは島へ移り住むことを決意します。

一棟貸しの宿「マツシマ荘」をオープンしようと整備中

島に暮らして初めて知る「不便さ」

ところが実際にその古民家を見に行くと、5、6メートルもの高さの雑草や植物のつるで覆われた場所でした。「家の8割が山に飲み込まれた状態で、まず周囲の開拓から始めました。いざ家の姿が現れると、屋根や壁に木が突き刺さっていて、家自体の傷みもひどく大幅な改修が必要だと分かりました。最初は一人で改修しようと考えていましたが、DIYのレベルをはるかに超えていました」

植物で覆われて、当初はその姿が全く見えなかったという古民家(提供:脇村さん)

大工経験のなかった脇村さんは、地元の大工さんの協力を得ながら基礎工事からスタート。根本で腐っていた柱を10本新調したほか、押せばグラグラしていた土壁はコンクリートパネルに変え、倒木で大穴の空いた屋根も補修を終え、ようやく改修全体の目途が立ってきました。

もともと3世帯が住んでいたという古民家。残されていた家財道具の片付けにも時間を有しました。また、裏側の畑が崩れていた部分には、土のう約700個を作り積み上げました。「普通だったら手を出さないレベル」と大工さんにも半ば呆れられたそう。

建物自体が大きく歪んでいたため、大工さんとともに水平と垂直を出すなど基礎工事を行いました(提供:脇村さん)

使える部分を残して柱部分も入れ替えました(提供:脇村さん)

「応援してくれる人がいなかったらここまでできませんでした。柱など木材もすべて船で運んできます。島暮らしの困難さは島に住んでみて初めて分かりました。買い物ひとつとっても、車で港まで運んだ荷物を船で島へ持ち帰り、高台の上まで自力で運ぶという繰り返しです」

古民家再生にむけて全力投球

松島の玄関口に立つ脇村さん。古民家は左手奥の高台の上にあります(提供:能瀬大智さん)

脇村さんは2023年5月を目標に、一棟貸しの宿「マツシマ荘」オープンに向けて準備を進めています。島でのアクティビティは、釣りのほかワカメ漁体験、カヤック、SUP(サップ)などを考えているそう。古民家再生で不足する資金を得るため、クラウドファンディングも実施しています。
「人の行き来さえあれば、建物や道も荒廃を止めることができると思います。『島をどう変えたいのか?』とよく聞かれますが、島を変えたいのではなく、島の一部を使って、好きなことをさせていただいているという状態です」と脇村さんは笑顔で話します。

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