秋田県大館市で作られている「大館曲げわっぱ」は、伝統工芸品として古くから秋田県民に親しまれてきた。年齢問わず人気がある曲げわっぱのお弁当箱は、ご飯の水分をほどよく吸ってくれるため冷めても美味しく、軽くて丈夫。そんな大館曲げわっぱに魅了され、曲げわっぱ職人として活躍する女性がいる。伝統工芸士の仲澤恵梨さんだ。

仲澤さんは、1966年創業の曲げわっぱ製作所「柴田慶信商店」で修行を経て、独立。2022年「曲げわっぱ工房E08(いーわっぱ)」を開業した。「女性ならではの視点でお客様に寄り添える職人でありたい」と語ってくれた仲澤さんの作品づくりへの思いと、独立に至るまでの苦労と葛藤を聞いた。

手作業でやすりにかけ、丁寧に仕上げた仲澤さんの作品(仲澤さん提供)

厳しかった修業時代

秋田県大館市出身の仲澤さんは、幼いころから曲げわっぱを身近に感じて育ってきた。建築関係の短大を卒業したあと、迷うことなく曲げわっぱ職人の道を選び、2002年に柴田慶信商店に入社。

しかし職人の世界は仲澤さんが想像していた以上に厳しいもので、毎日のように怒られ入社したことを後悔するほど。

それでも「怒られるのは自分の技術がないからだ」と感じた仲澤さんは、辞めたい気持ちや悔しい思いを仕事にぶつけ、曲げわっぱづくりと向き合った。

「どうせ辞めるんだったら、爪痕を残して辞めてやるという気持ちでした。お前がいなきゃだめだと言われるまで成長しないと、ここに入社した意味はないと思ったから」

5年目を迎えたころ、「全ての工程を、いちからひとりで作らせてほしい」と自ら志願し、仕事の合間や休日を使って曲げわっぱを作り上げたことがある。その作品を師匠である柴田社長(現・会長)に見てもらってからは、仕事を任されることが増え、頼りにされる場面も多くなった。

仲澤さんは「直接言葉で伝えられたことはなかったけれど、そこでようやく師匠に認めてもらえたと思った」と、当時を振り返る。

2016年には「伝統工芸士」の資格を取得し、気が付けば仲澤さんは会社に欠かせない存在となっていた。

しかし、客から「あなたの作った曲げわっぱはどれ?」と言われるたび、仲澤さんは徐々にもどかしさを感じるようになっていく。

「私自身の作品を作り出すためには、独立して自分の店を持つ以外ないんだなって」

そして2021年に独立を決意し、退職。自身の店である「曲げわっぱ工房E08」を開業した。

曲げわっぱをアクセサリーや小物に

製作途中の曲げわっぱ。曲げた杉を約1週間乾燥させ、形を作っていく

工房では、樹齢150年以上の天然秋田杉のみを使用。塗料を使わず、皮をけずっただけの白木(しらき)と呼ばれる製法で作られる。

杉の香りはしつこくなく、仕上げたときの質感にこだわって作られているため、手によく馴染むのが魅力のひとつ。食器とは違った木の擦れ合う心地よい音も曲げわっぱの良さだと仲澤さんは教えてくれた。

曲げわっぱのアイスペール。断熱性が高いため氷も長持ちするそうだ(仲澤さん提供)

仲澤さんは、敷居が高いように思われている伝統工芸品の価値観を変え、気軽に手に取ってもらえるような商品づくりを目指している。

「曲げわっぱのアクセサリーや、小物も充実させていきたい。昔から、お土産として手軽に買えるような商品があればいいなと思っていました」

仲澤さんの作る「曲げわっぱアクセサリー」(仲澤さん提供)

また、依頼があれば、客の要望に応えてオーダーメイド商品も作るという。

「お弁当でも、使い手としては細かい部分が気にかかるんですよね。容量だったりおかずの配分だったり。男性より、お弁当を作ることが多い女性の悩みに共感できるぶん、お客様に寄り添った作品づくりが私の強みだと思っています」

これからは若手の育成に力を注いでいきながら、他県の職人たちとのコラボ商品も計画しているという。今後はネット販売の環境も整え、随時予約を受け付けるとのこと。

「今までになかった発想を取り入れ、曲げわっぱ商品を知らない人の窓口として、これからも伝統工芸を盛り上げていきたい」と、仲澤さんは話してくれた。

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