加工の段階で廃棄される魚のアラや牛脂を主原料とした缶詰「コノヒトカン」。子どもの日とクリスマスの年2回、地元企業からの協賛金を得て、児童養護施設や子ども食堂へ無償配布されています。食品ロス削減や子どもの貧困問題など、SDGsの観点から注目されるこのプロジェクト。プロデュースしたのは、倉敷市のネイリスト・三好千尋さんです。活動の根底にあるのは、関わる人みんなが幸せになる「三方良し」。三好さんに「コノヒトカン」について聞きました。

加工時に廃棄される食材に注目

プロジェクトの発端は2020年4月、コロナ禍で打撃を受けた飲食店経営者に呼び掛けて、三好さんのネイルサロンの駐車場で始めた「居酒屋マルシェ」でした。

ある日、加工の段階で廃棄される食材の存在を知った三好さん。「長期保存できる缶詰にできるのでは」とひらめき、ホテルや飲食業界へ働きかけます。「相談のためホテルを訪ねたら、ホテルが真っ暗で、スタッフさんもみんな元気がなかったことに衝撃を受けました。なんとしても、廃棄される食材を使って、みんなが元気になるプロジェクトにしたい」と決心し、アイデアを練り上げました。

岡山県内のシェフや料理人が協力してレシピを考案(提供:コノヒトカンプロジェクト)

シェフとともに考案した“ご馳走”缶詰

約1年試行錯誤し、2021年10月に完成した缶詰は「ニク」缶と「サカナ」缶の2種類で、いずれも160グラム入り。
大切にしたポイントは、「食品ロス」を削減できること、子どもが喜ぶ味であること、そして1缶にご飯2合を合わせると3~4人分の食事になることの3点です。「ニク缶はお湯を足すだけでもご馳走のようなスープになります」と三好さん。どちらの缶詰もアレンジは無限大で、ちらし寿司やパスタ、オムライスなどに展開できます。

ちらし寿司やパスタなどアレンジは無限大(提供:コノヒトカンプロジェクト)

プロジェクトでは、廃棄される食材の買い取り、料理人によるレシピでの製造、製缶すべてを県内で行っています。
岡山市の結婚式場「ザ・マグリット」のシェフが考案した「ニク」缶は、一頭買いされた牛肉の加工時に廃棄される部位や牛脂をじっくりと炒め旨味を凝縮。トマトと煮込んであります。「サカナ」缶は、カレー粉で下味をつけたサバやサケなどのアラを地元産レンコンなど根菜とともに炒めたもの。飲食業活性化団体「六式会」に所属する料理長らが考案しました。

試作中の「サカナ」缶(提供:コノヒトカンプロジェクト)

食材探しから、小ロットの製缶加工を引き受けてくれる業者へのアプローチまで、三好さんは一人で奔走。「知り合いのツテを紹介してもらい、気になったらまずは電話。『これは』という人が見つかれば話を聞いてもらいに県内を走り回りました。協賛企業へも一社一社、足を運び思いを聞いて頂きました」

社会貢献のミスマッチ解消を目指す

「活動を通じて県内にある複数の児童養護施設や子ども食堂に出向く中で、クリスマスになると食べきれないほど大量のケーキが送られることや、使う子どもの人数よりも多くランドセルが届くなど、せっかくの思いが需要とミスマッチしている実態を知りました」と三好さん。送る側と受け取る側とのコミュニケーション不足を感じ、コノヒトカンがその懸け橋になればと話します。

1缶に1社の企業PRをラベリング。ラベリング業務は、就労支援事業者に依頼。多くの人の手により缶詰が作られています(提供:コノヒトカンプロジェクト)

また、企業による社会貢献を“見える化”したいという思いから、缶詰には協賛企業のPRをラベリング。さらに各企業のCSR(企業の社会的責任)活動に生かしてもらおうと、「コノヒトカンSDGs認定証」を送るとともに、プロカメラマンが撮影したPR用の写真を協賛企業に提供しています。

「キラキラする時間を諦めて欲しくない」

現在、小学生から中学生まで3人の子の母として忙しい日々を過ごす三好さん。長野県上田市の高校を卒業後、東京で美容関連企業に6年勤務します。そこでの営業職の経験から、人に思いを伝える力を身につけました。そして結婚を機に岡山へ移住。育児を通じて「人とつながりたい。岡山で自立したい」という思いが自然と沸き起こり、5年の専業主婦の後、出張ネイリストとして起業しました。

「私自身、頼れる親戚や知り合いがまったくいない環境での育児で、いつも孤独でした。そこで、子どもたちが寝た後にできる夜間出張ネイルという形態を選びました。顧客も育児中のママ世代が中心。同じ育児中の人たちにキラキラする時間を諦めてほしくないという思いもありました」と振り返ります。人に寄り添いたいと願う、三好さんの人柄が滲みます。

次男の入学式の時の様子(提供:三好さん)

個人事業主となった三好さんは、積極的に異業種交流会などで人脈を築きます。
「地方出身のためか、10代の頃から『雇用を生みたい』と考えていました。経済的な理由から進学を断念し、東京で就職しましたが、いつかみんながやりたいことができて、一人一人が輝ける社会にしたいと思っていました」

子ども食堂で、寄贈されたコノヒトカンを使って調理する子どもたち(提供:コノヒトカンプロジェクト)

「コロナ禍は、自分たちが自分たちのことしか考えられない『心の貧困』を感じる出来事だったように思います。『コノヒトカンプロジェクト』には、レシピを考案してくれたシェフをはじめ、食材を格安で提供してくれる業者さん、協賛金を出してくれる企業、製缶業者、ラベルを貼ってくれる人たちなど、本当にたくさんの人が関わっています。みんなが見えない誰かのために働き、温かい人の輪を感じることができるプロジェクトです」

岡山高等学校の生徒たちは「探求活動授業」の一環で、コノヒトカンのラベル作成や宣伝活動に取り組みました(提供:コノヒトカンプロジェクト)

プロジェクトは6月には一般社団法人となり、教育の現場で「コノヒトカン」が活用できるよう教材化されるなど、新たな展開が始まります。三好さんは「人と人がつながっていれば何でもできると思っています」と力強く語ります。

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