風呂を愛好する長老が多いのは古今東西変わらないものです。

「いい湯だなぁ」と至福のときをもたらしてくれる癒しの風呂も、入り方によっては死につながる可能性がある諸刃の剣。厚生労働省人口動態統計(令和2年)によると、高齢者の浴槽内での不慮の溺死及び溺水の死亡者数は交通事故死以上に多いという事実があります。
「高齢者の方々にはいつまでも健やかに入浴を楽しんでほしい」という一般財団法人「高齢者入浴アドバイザー協会」代表理事の鈴木知明さんに、高齢者の入浴について話を聞きました。

入浴時の死亡事故は交通事故死よりも多い

一般社団法人日本記念日協会認定「記念日登録証」(鈴木さん提供)

2月4日は日本記念日協会に正式に認定された「高齢者安全入浴の日」です。
「不老不死」にかけて入(2)浴(4)不(2)死(4)の日として、入浴事故を減らそうと啓蒙活動している高齢者入浴アドバイザー協会。
活動に至る動機はどのようなものだったのでしょうか。

「入浴時の死亡事故は交通事故死の5倍以上(2016年設立時のデータ)」と、その数字の大きさにショックを受けた鈴木さん。
「たくさんの人が湯に親しみ、あちらこちらに温泉がある日本に、高齢者の入浴に関する専門家がいないというのは不思議です。自分が率先してやってみようと一年発起したのがきっかけ」と協会設立の動機を語ります。

「高齢者の入浴についての専門家がいない現状」を変える

講演の様子(鈴木さん提供)

協会設立以前から、温泉に関する資格を多数取得するなど、研究熱心な鈴木さんは、高齢者の入浴に適切な指導ができる専門家という未開の分野を開拓します。
温泉医学の第一人者である植田理彦博士の指導のもと2016年、「高齢者入浴アドバイザー(R)(鈴木さんの登録商標)」資格を創設。
「桜美林大学大学院・老年学研究科で高齢者を取り巻く諸問題について探究しました」
科学的な研究に裏付けされた確かなデータをもとに獲得した独自のノウハウで、高齢者の命の危険を回避させたいと真剣なまなざしで語ります。

高齢者向けセミナーで印象的だった聴講者の涙

2022年現在、「最新のデータから判断すると交通事故死亡者数の7倍以上」という現状を変えるべく行っている日々の講演活動のなかで、印象に残る出来事に遭遇することも。

「参加者から涙ながらに『今日はお話が聞けて本当によかった』と声をかけられたこともあります。体への負担をやわらげ健やかに暮らしてほしいという願いが届いたようで、嬉しかったです」

セミナーや入浴指導の場では強いこだわりをもつ高齢者と出会うこともあります。
「風呂は熱めに限る」「お湯に飛び込むのが気持ちいいんだ」という好みをもつ方に「急な温度変化は体に負担のためとぬるま湯を推奨しても、『心地よいものをいまさら変えたくない』と拒否されることがあった」とか。
ぬるま湯が体のためだとはわかっていても、心地よさを優先したいという気持ちが強く、熱湯を好む方には、「最初の2、3分は低めに設定して、半身浴で体を慣らしてから自分の好きな温度にすることをご提案したところ『それならできる』といっていただけるようになった」とのこと。

一日のなかで「湯に浸かっている時間が一番幸せ」「お風呂時間が一番の楽しみ」と語る高齢者が今まで続けてきた好みの入浴法と体への負担の軽減。この両立を目指す包括的な姿勢が高齢者の理解者として映り、信望を集めています。

高齢者入浴アドバイザーとは?

高齢者の安全入浴に関する教本(鈴木さん提供)

鈴木さんは独自のノウハウと研究を継承すべく、高齢者の入浴に関して適切なアドバイスをする「高齢者入浴アドバイザー(R)」の育成にも力を注ぎます。

高齢者入浴アドバイザー(R)は、高齢者に対して適切な入浴指導ができる知識を持つことが認定される民間資格。教本を読み、付属されているはがきで資格認定テストを受験後、取得できます。
高齢者入浴アドバイザー(R)の資格取得者は2022年現在約1,300人です。主に介護関係者、温泉施設関係者、温泉ファン、お風呂づくりのリフォーム会社関係者などが多く、男女比はほぼ半々だといいます。
資格者にはSNSで入浴に関する情報を発信する人や、地域で入浴講座を開催する人も。

「なかにはご家族、親戚に入浴事故で亡くなった方がいる人もいらっしゃいます」

不運を乗り越え、同じ境遇の人を減らそうと志を高くする人も多いようです。

全ての人に正しい入浴知識を

講演の様子(鈴木さん提供)

「今後は指導者として活動できる『認定講師』『上級講師』を増やしていきたいです」
と語る鈴木さん。
講師になれば、第三者に対して資格認定講座の開催、メディア出演による安全入浴の啓蒙などを行うことができるそうです。

「専門職の方だけでなく、高齢者にかかわるすべての方と私どものノウハウを共有していきたい」と活動の幅を広げています。

「小学生向けの冊子『お風呂の教科書』を活用した小学生向け講座の全国開催を目指しています。孫から祖父母へ知識を伝えるきっかけになれば、という思いとともに、小さいうちから正しい入浴習慣を身につけることで、未来の高齢者の命を救いたいという思いです」

春先まで危険な入浴! すぐに実践できる安全な入浴法とは?

浴室との温度差が激しい冬場は「もっとも危険」と語る鈴木さんに、春先までの入浴で気を付けるべきことについて聞きました。

「服を脱ぎ浴室に入ったらすぐに浴槽に浸かりたい気持ちはわかるが、心臓から遠い手先、足先から十分にかけ湯をしないと体がびっくりして血圧が急上昇します。一度に浸かる時間は5分以内。長く浸かると今度は血圧が急降下して意識障害につながることもあります。浸かりながら寝る行為はもっての外ですよ」と注意を促します。

単身の方の入浴については、「近くの入浴施設や銭湯などを活用すべきですね。気温が下がる時間は危険ですから、行く時間帯は夕方がおすすめ。近所の方とのお付き合いのある場合は、いつものお風呂の時間帯を伝えておくことも大事です。自宅ではなるべく半身浴中心の入浴を心がけ、長湯はしないこと」とのこと。情報共有が大切です。

高齢者と一緒に暮らしている家族ができることについても聞きました。

「高齢者はなるべく一番風呂をさせない、また絶対に最後は避けることが重要。高齢者の入浴中に家族が就寝してしまい、朝気づいたらそのまま浴槽に沈んでいた、などの事故もあるため見守りと声かけが必要です。高齢者の命を守りましょう」

ホームページやSNS用に鈴木さんが作成した資料(鈴木さん提供)

高齢者の方々にはいつまでも健やかに入浴を楽しんでほしいというのが鈴木さんの切なる思いです。
入浴は何にも代えがたい癒し効果がある反面、危険を伴うという事実。正確な情報を
知ることで不慮の事故から救える命がきっとあるはずです。

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