2021年12月、ユネスコの無形文化遺産に登録されたインドネシアの金属打楽器ガムラン。インドネシアで3年間ガムランを学んだ岩本象一さんは、国内外で音楽家・打楽器奏者として活躍するほか、福祉や教育の現場とアートをつなげる活動を行っています。すべての活動の根底にあるのは「場の響きに耳を傾け、それに呼応する」という岩本さんのテーマ。インドネシア留学時代の話や音楽家としての視点について聞きました。

“お香が立ち上る”ような音色との出合い

岡山市北区奉還町の商店街の一角に、岩本さんが主宰するジャワガムラン教室があります。

「ガムランを初めて聞いた時、同じ打楽器でもドラムの直線的な音とは違って、まるで立ち上るお香のような音だなと衝撃を受けました。響きの心地よさに触れて、この楽器を生み出した国のことを知りたい。なぜ、こういった楽器が生まれたのか、その背景を見てみたいと思いました」

ガムラン教室でのレッスンの様子

神戸市生まれで、高校教師の父とピアノ教師の母を持つ岩本さん。中学3年で同級生とロックバンドを結成し、ドラムを担当していました。
ガムランとの出合いは、西洋音楽に疑問を感じ悩んでいた頃。「音楽の方向性に迷っていた時、アイリッシュ音楽家の叔父を訪ね、紹介された本で非西洋音楽を知り、ガムランを知ることになりました」と岩本さんは話します。

留学先で被災 直談判して留学延長へ

ガムランを本格的に学ぶため、インドネシア政府の奨学金制度を使って2005年、古都・ジョグジャカルタの国立芸術大学へ留学します。
現地の言葉で進む授業は難解な上、旋律打楽器の複雑な動きや独特なリズム感を掴むのに苦労したといいます。「遊びではなく、演奏技術を絶対に習得するという強い思いで留学していました。授業が終われば、3人のガムラン師匠から個人レッスンを受ける練習の毎日でした」

留学中は地域のガムラングループにも参加して練習の日々(提供:岩本さん)

ガムランについて、「初めて触る人でも音が鳴らせる。1人でできる演奏をあえて2人で分け合い『食いっぱぐれる』人がいない、相互扶助の精神を持ったジャワの農村から生まれた楽器」と、岩本さんは魅力を話します。
しかし、2006年5月にジャワ島中部地震が発生し、大学は全壊、自宅も一部損壊しました。そのため留学の後半はガムランの勉強ができなかったといいます。
「政府の留学制度は本来1年間。これでは演奏技術を習得できないと、政府に直談判し、特例として留学の延長が認められました」

北木島の石切場を舞台にした映像作品を発表

岩本さんは留学を終え、結婚を機に岡山へ移住します。2010年からガムラン教室をスタートし、同時にアーティストとしての活動も本格化。
2021年中には、笠岡諸島・北木島の石切場を舞台に映像作品「gong batu(ゴン バトゥ)」を制作しました。

50m以上も深さのある岩壁を木槌やマレット、バチで叩き音を収録しました(提供:岩本さん)

インドネシア語でゴンはガムランの打楽器の一つ、バトゥは石の意味。「石と空間そのものを響かせることを主眼にしつつも島の音風景を多く収録。音楽家の視点から、“島の今”を捉えようとした」と説明する同作品は、インドやアメリカ、イタリアなどの国際映画祭で、音楽賞や実験音楽賞を多数受賞しました。

手探りで障害のある人たちと音を紡ぐ

また、岩本さんのライフワークの一つとして「高松市障がい者アートリンク事業」に2014年から参加しています。
アートリンク事業とは、アートを通じて障害のある人たちの表現の場を生み、共生する社会を目指す香川県高松市の事業。毎年、絵画やダンスなどのアーティスト10人以上がそれぞれ異なる事業所で表現活動を展開しています。

当初から岩本さんが活動しているのは、高松市牟礼町にある就労継続支援B型事業所「ほのぼのワークハウス」。利用者は普段、有機栽培の野菜作りやクッキー作り、電線分別といった仕事をしています。

バンド名は「ほのぼのオールスターズ」。メンバーの意欲や得意を引き出しながら、曲作りをする岩本さん(提供:ほのぼのワークハウス)

最初は“畑違い”だった岩本さん。活動は、まさに手探り状態で始まったといいます。

施設長の内山幸代さんは「もともと余暇活動としてハンドベルを10年以上していましたが、インドネシアのガムランなんて聞いた事がないし、音階もドレミではないし最初は戸惑いました」と話します。

対話の中から生まれるユニークな曲たち

岩本さんが大切にしているはメンバーとの対話だといいます。
富士山、ニューヨーク、嵐山、ラスベガスと、メンバーが行ってみたい場所を黒板に書き出してできた曲「富士山ニュゥヨーク」。
「帰ってなんするん?」というメンバーの口癖から生まれた曲「フクロウ、帰ってなんするん?」。ガムラン調の曲あり、ブラス風あり、朗読ありと多彩です。
当初はガムランやインドネシアの竹製打楽器「アンクルン」を中心とした構成でしたが、しだいに、ギターやドラム、トランペット、中東の打楽器・ダラブッカなどさまざまな楽器を柔軟に取り入れるように。
オリジナル曲は15曲以上に上り、すでにCD2枚を制作・販売。メンバーとともに、大阪や滋賀、奈良への演奏旅行も果たしました。
「コロナ禍でしたが、セカンドアルバムでは、プロのデザイナーやカメラマン、録音エンジニアと共同で作業し、プロモーションビデオの制作も実現しました。ほのぼのオールスターズでの活動から、こちらも多くの経験や学びをもらっています」

事業所スタッフも一緒に参加し、メンバーの一人ひとりが重要なパートを担っています(提供:ほのぼのワークハウス)

現在の活動は、高松市の姉妹都市であるアメリカ・フロリダ州セント・ピーターズバーグ市とオンラインで対話しながら新たなプロジェクトを進めているそう。祭囃子のメロディーをともに作り、ガムランで演奏。踊りも加わった華やかな構成になりそうです。
ほのぼのオールスターズの活動、アーティスト活動、ガムラン教室すべてに共通しているのが「場の響きに耳を傾ける」。岩本さんの音楽家としての表現の場に今後も注目です。

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