狩猟で捕えたシカやイノシシ、鴨など、食材として使われる野生鳥獣をさす「ジビエ」。海外では秋から冬のごちそうとして知られている。いまや都会のフレンチだけではなく、日本各地の里山でもメニューに掲げるところが増えてきた。

香川県東かがわ市の山間地にある集落、五名(ごみょう)。カフェと産直施設の「五名ふるさとの家」でも、地域で捕獲されたイノシシやシカ肉を使った定食が食べられる。

ランチで提供しているジビエハンバーグはサラダとドリンク付きで税込み1,000円。これを目当てにくる客が多い。

メニューはジビエハンバーグとオムライスの2本立てを定番にしている。

いま、なぜ国産ジビエなのか

「五名ふるさとの家」は、地元の人の交流拠点であり、地域で唯一の食堂だ。そこでジビエのおいしさや魅力を伝えようと奮闘している人がいる。五名ふるさとの家の店長、飯村大吾さんだ。いっしょに店を切り盛りするのは、妻の遊宇(ゆう)さんと、上田亜哉人(あやと)さん。なんと3人は高校時代の同級生。実に仲がいい。

調理からコーヒー、接客までなんでもこなす飯村店長。

数年前から、全国の中山間地域でイノシシやシカなどによる害獣被害が深刻な問題になっている。最近では都会に出没するニュースも珍しくない。農林水産省の資料によれば、ニホンジカの推定個体頭数は2015年までの25年間に約10倍、イノシシは同3倍に増えているという。理由は温暖化による積雪量の減少や造成地の拡大、狩猟人口の減少など、さまざまだ。全国の農作物被害額はここ数年160億円前後を推移。そこで国は害獣駆除を推進し、2019年から「ジビエ」としての消費拡大を推進し始めた。しかし、ジビエとして食用に使われるのは捕獲した害獣の約1割。残りは埋められたり焼却処分されたり、まだまだ有効に活用されていないのが現実だ。

田畑を荒らす害獣問題は、農業が中心のこの地域にとっては死活問題。ジビエとしておいしく食べる。これも地域を守ること。

全国各地、海外を巡ってたどり着いた五名

五名ふるさと家の店長、飯村さんは沖縄生まれの北海道育ち。北海道の美術工芸高校を卒業して、18歳から3年間、障害者施設で介護の仕事をしていた。21歳のとき、のちに妻となる遊宇さんとともに、ヒッチハイクで全国を旅するバックパッカーに。北海道から東北、小笠原、四国や九州、沖縄……、途中でバイトをしながらひたすら南下して日本の最南端、波照間島へと渡り歩いた。その後、二人がしばらく暮らしたのは、波照間島のとなりの西表島。農家民宿で働きながら1年間暮らした。

 「その農家民宿で初めて狩猟と出会いました。罠を仕掛けて、生け捕りで連れ帰って自分たちでさばくんです。そして1日1組のお客様に提供する。これにものすごくハマりました」。このときから、狩猟とジビエに興味をもつようになったそうだ。

その後、二人はドイツを中心にヨーロッパに約2か月滞在。ドイツでは、狩猟や林業、コーヒー文化やエコな生活などを経験した。

「何もかも詰まっている、そんな印象を受けました。さらに印象的だったのはイノシシやシカなど、ジビエ料理が高級なイメージで人々に食されていたこと。本当においしかったんです」

語り尽くせないほどの旅での経験がいまに活かされている。

帰国が近づいたころには、そろそろ日本での定住先を考え始めた二人。

「日本食で食べたいものは何かと考えたら、うどん、おでん、いなり(寿司)。これが無性に食べたくなりましてね。この3つがそろうのは香川しかない! と香川に来たわけです」

最初の全国横断の旅で香川県の高松市に滞在したこともあり、知り合いが何人かいた。人づてにたどり着いた五名の地。21歳で北海道を出てから約5年。日本各地や海外を見てきた二人が、26歳でようやく住民票を移す先を決めた。仕事や住む場所は地域のリーダー的な方が世話をしてくれたおかげで、県の森林林業協会の林業研修生として仕事に就くことができた。森林整備や薪づくり、炭づくりなどとともに、林業の一環として害獣駆除を目的とした狩猟にも参加した。

イノシシやシカの解体はいまでは得意な作業のひとつ。夏シカの解体風景。(写真提供 (C)得丸成人 )

五名のジビエを普及させるために

「イノシシの解体をかなりやらせてもらいました。こういう仕事に就けたのは、本当にうれしかったですね」

林業研修生としての2年半の任期が終了する2019年3月。その年の7月にオープンが迫っていた「五名ふるさとの家」には、まだ店長がいなかった。

「ぼくやります!」と手を挙げた飯村さん。林業研修生として活動してきたことが、この店で活かせると考えた。

五名ふるさとの家。高松市中心部からは車で約1時間半の距離。周囲を山々に囲まれた集落にある。

「狩猟から解体して肉にし、調理して客に提供する。肉の販売や配達もする」

店でやるべきことのイメージが自分のなかで明確に描けていた。料理人としての経験はなかったが、農家民宿での手伝い経験や、食べたり料理したりするのは好きだったという。そして何より、五名のイノシシ肉のおいしさに惚れ込んでいた。

「五名に来たときに食べさせてもらったイノシシ肉のバーベキューと自然薯のおいしさが忘れられない。こういう感動をたくさんの人に伝えたい」

店のオープンからおよそ2年半。最近は、飲食店からのイノシシやシカ肉の注文も増えてきた。時間をみつけては、地域の飲食関係者や気になる取り組みをしている人たちとの情報交換にも積極的だ。

小豆島で放牧養豚を営む鈴木農園を訪問。地域の循環型農業や肉質の話など、話題は尽きない。

五名のイノシシをどんな風に普及させたらいいか。小豆島で生ハム製造を手がける「草壁ハム製作所」では、いろいろなアドバイスをもらえた。

「イノシシやシカの解体と一貫して、調理や加工、販売までしっかりつなげる。ジビエに対する理解を深め、ファンを増やしていきたいです。そして、五名に移住者が増えるようにしたい」

迎え入れてもらった側から今度は迎える側へ。ジビエの消費拡大と地域の発展のためにできることを考えながら、今日も飯村店長は店に立つ。

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