手紙の書ける喫茶店

岡山県倉敷市玉島黒崎、瀬戸内海がすぐそこに広がる静かな場所にtobariはあります。広さ500坪もある立派な古民家。中に入ると、土間にはおしゃれな文房具がずらり。筆記具、便箋、封筒……。そう、tobariは手紙を書くことができる喫茶店なのです。

シンプルで高級感のある便箋、封筒の中から好きな組み合わせを選び、持ち運び用のケースに入れます。

お気に入りの筆記具を選んだら、ドリンクをオーダーし、席へ。2階席からは穏やかな瀬戸内海を一望できました。

丁寧に言葉を紡ぎながら手紙をしたためます。広い海を眺めてコーヒーを飲みながら、ほっとひと息。書き上げたら、もう一度、土間へ降り、手紙に封を。

中世ヨーロッパで使われていたという封蝋が体験できます。

20色以上の中から好きな色の蝋を選び、小さな炎でじっくりと溶かしましょう。手紙のフタの部分に垂らし、その上から固まるまでスタンプを。可憐なドライフラワーを添えてもOK。あの人へ思いが届きますように。自分の気持ちを確かめながら、あの人へ伝えるために、しっかりと準備する。そんな時間と空間が、tobariには用意されています。

誕生日や記念日のプレゼントに添えたり、大切な人へ普段伝えられない感謝の気持ちを伝えたり、遠方のなかなか会えない人に送ったり。「差出人の手元にも、手紙を書いた思い出が残れば」という計らいで、手紙を美しく撮影する「レターフォト」も体験できます。

tobariができるまで

店主は赤堀 一直(あかほり かずなお)さん。2019年春に大学を卒業後、在学中に始めたコーヒーの移動販売などをしていました。いつかは店を持つことが夢だった赤堀さんに、「誰も住んでいない古民家がある。手入れが大変だから、上手く使ってもらえないか」と知人を通して話が舞い込みました。

「初めてここを訪れた時のことは、忘れられません。震えました。倉敷市内で暮らし、海沿いのこの道は何度も通ったことがあったけど、こんな場所があるなんて、全然知らなかった。ここで喫茶店ができたらと考えると、わくわくがとまりませんでした」と笑顔で話す赤堀さん。

高校時代、部活動がきつかった時に心の支えになったのが、大切に丁寧につくられたものを並べるおしゃれな雑貨店だったそうです。雑貨店に行く日が、忙しい日常の励みになっていました。

自分がオープンする店も、そんな空間にしたい。手帳に予定を書いて、その日が楽しみになり、毎日、前を向いて頑張れるような。そんな気持ちから、喫茶店の名前は、手帳の「帳」から「tobari」と名付けました。

トイレの工事、庭の剪定などの費用を募るクラウドファンディングを実施し、2020年7月に「イベント兼カフェスペース お洒落なtobari」としてオープン。中の家具は、もともと古民家にあったものも活用しています。

地域の新聞に掲載してもらえたことから、地元の人の利用も。「地域の方々が助けてくれるのでお店をしやすいです」と話します。

「手紙」に行きついたのはなぜ?

2021年4月に「お手紙の書ける喫茶店tobari」と店名を変更しました。コロナ禍で大きなイベントがしづらかったのだろうかと思いきや、理由はそれだけではないといいます。

「約半年、喫茶店を運営する中で、この静かな場所で海を見ながら大切な人への思いを綴ってもらえたらと思うようになりました。手紙という方法を通じて、ここからいろいろなストーリーが生まれたら素敵だなと」

といっても、赤堀さんはSNSでの交流が当たり前の世代。手紙を書く文化は、身近さも懐かさもないはず。なぜ「手紙」に行きついたのでしょう。

「子どものころ、手紙をもらったことがあって。文字で気持ちを伝えてもらったことがとても嬉しくて、今でも強く記憶に残っているんです」

オリジナルの手紙セットをWebページで販売していく取り組みも始まりました。Web上で好みのレターセットを選ぶと、糊付けできる封蝋やドライフラワー、切手がセットになって自宅に届きます。

伝えたかった気持ちを伝える「大切なあの人へ」コースからスタート。今後は、勉強や筋トレなどをコツコツと続けているはずの自分に手紙が届く「未来の自分へ」、見知らぬ人から手紙が届いたり、逆に届けたりする「見知らぬ人へ」といったコンテンツも企画中です。

ひと文字ひと文字、書くからこそ伝わる思い。静かな海辺の古民家から、たくさんのあたたかい物語が生まれていきそうです。

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