手延べ麺のまちで「かどぼし」を続ける

岡山県浅口市鴨方町の小坂東は、手延べ麺の産地として知られています。鴨方町史によると、100年以上前の1895年、素麺の製造戸数は浅口で168戸(そのほとんどが鴨方町小坂東)、晴れた日にはあちこちで、屋外で麺を伸ばして乾燥させる「かどぼし」が行われていました。のどかな杉谷川沿いには、小麦粉を挽く動力源として活躍する水車が約40基も並んでいたそうです。

機械化が進み、「かどぼし」はほとんど見られなくなりましたが、同地区の河田賢一製麺工場は、今でも晴れた日に屋外で手延べ麺をつくっています。青空の下、竹さおを人の手でひっぱり、次々延ばされていく白い麺。あたりには小麦粉の香りが広がります。

「かどぼし」の様子

「太陽にさらすと麺が白く輝く。この香りがそのまま麺にのる」と話すのは、4代目の河田紘志さんです。

河田賢一製麺工場の4代目、河田紘志さん

麺づくりは夜中の午前2時にスタートします。小麦粉と井戸水と塩を練り、だんごの状態からおよそ6時間、機械を使ってひたすら麺を細く延ばしていきます。

夜中に気温と湿度を確認して水・塩の分量を決めていますが、「かどぼし」を行う午前10時すぎには気候条件が予想から変化することも。「配合の見極めがとても大事。いまだかつて100%完璧だと思う麺はできたことがない」と話す河田さん。それほど自然環境に左右される、繊細な作業なのです。

それでも昔ながらの製法を続けるのは、ファンがいるから。全国から注文が入り、発送しています。車通りが少ない自然豊かな里にある小規模の工場だからこそ、今でも伝統的な「かどぼし」で手延べ麺づくりが続けられているといいます。

機械いじりの知恵で昔ながらの製法を守る

昔ながらの製法を守っていくにあたり、これまでに何度か危機がありました。人手不足です。

夜中の午前2時、大きなだんごをつくったら、5つの機械を使い、熟成を繰り返し3時間ほどかけてうどんくらい(直径約1cm)の太さまで細めていきます。

この工程には、もともと2人の人手が必要でしたが、今は河田さん1人で行うこともあります。それを可能にしたのは、道具と機械の改良でした。麺を細めたあと、ぐるぐると巻き入れ熟成させるための木の桶。

以前は麺が機械から出てくるのに合わせて、人の手で麺をぐるぐると巻き入れていました。回転させる装置を桶につけることで麺が入りやすくなり、1人で作業できるようになりました。

また、現在使っている機械は全て、もう販売されていないもの。

中古でたまたま引き取ることができた機械には、別の機械から麺を送る部分を移植させ、スムーズに麺がつくれるよう改良を加えました。

そのほか、麺に傷がつかないよう、滑り口にステンレス板を貼る工夫も随所に施されています。

ステンレス板を貼った滑り口

麺工場を継いで27年の河田さん。実はその前に製鉄所で勤務し、機械のメンテナンスの仕事をしていました。昔から機械いじりが大好きで、中学生の頃にはラジオを自作したこともあるといいます。

松やにで機械のベルトを手入れする河田さん

手延べ麺づくりは、機械の不具合があると進めることができません。しかし、夜中に機械の不具合があっても、業者が来るのには時間がかかります。このため機械に詳しい河田さんは、不具合を自分で解消することも多いそうです。

時間も手間もかかって仕上がる手延べ麺。軒先に白い麺が輝く、伝統的なかどぼし風景の背後には、工場存続の危機を乗り越えた機械いじりの知恵がありました。