のどかな風景、南には西日本で一番の高さを誇る霊峰・石鎚山を抱く、石鎚山脈。ここ愛媛県西条市小松には、2021年に創業120周年を迎える酒蔵・首藤酒造があります。代表銘柄は「寿喜心(すきごころ)」。石鎚山系の伏流水で醸した、やわらかな味わいが特徴の日本酒です。

米の種類を変え、味のバリエーションを追及。品種も豊富

ここ首藤酒造は、他の酒蔵との差別化を図るため「生酒」造りに力を入れています。日本酒は“火入れ”という熱処理を行うと品質管理しやすいのですが、首藤酒造では生酒特有の味わいを追及しています。

日本酒「寿喜心(すきごころ)」が作られる様子。

また、一般的な酒造りの行程では、複数の樽を同時進行で仕込みますが、首藤酒造は違います。一品種の仕込みを終えてから次の樽の仕込みを始めるという、効率度外視のこだわりを発揮しています。

「思いは一つ。自分たちが思う“美味しい”酒を作りたい」
自分たちが目指す日本酒の「理想の味」と向き合うのは、長男・首藤壮一郎さん、次男・肇さん、三男・茂さんの3兄弟です。

左から三男・茂さん、長男・壮一郎さん、次男・肇さん

杜氏としての判断を自分たちで

首藤酒造の酒造りは、たった兄弟3人だけ。先代の頃に杜氏を外から雇うことを止め、杜氏としての判断を自分たちで行うように切り替えました。その経緯について、三男の茂さんは次のように話します。

首藤酒造の専務取締役で三男の首藤茂さん

「昔、杜氏は漁師と兼業する人たちが多く、季節労働が一般的でした。でも後継問題などで、杜氏は減少傾向に。父は『将来、杜氏を雇うことが難しくなるかもしれない。これからは自分たちで作らなあかん』と判断。自ら杜氏の役目を引き受けたんです」

今は長男の壮一郎さんが社長となり、杜氏の役割を父の直起さんから引き継いでいます。

水害の苦労を乗り越え、3人が再集結

酒造りの様子

最初は家族4人で酒造りを営んでいましたが、2004年9月の台風21号によって西条市一帯を豪雨が襲い、土砂崩れや交通遮断などの被害があちこちに発生。首藤酒造の酒蔵も隣の川が氾濫して影響を受け、多くのものが壊れたり酒が流されたりと、甚大な被害を受けました。

全壊に近い首藤酒造の、経営の見通しは不確かになります。当時は再建できるかどうかも分からず、リスクを一家全員が背負うわけにもいきません。父・直起さんは、家庭を持つ次男・肇さんを巻き込むことを恐れ、外の勤めに出てもらうよう頼みました。

残った父と長男・三男は、酒蔵の立て直しのため、必死になって奔走します。会社員として働いていた肇さんも、当時の上司や同僚を酒蔵に案内するなど、つながり続けていました。

そしてようやく2015年、肇さんに戻ってきてもらえる目処がついたのです。再び4人での酒造りが復活した、首藤酒造。より一層頼もしくなった3兄弟の姿をそばで見て、1年後の2016年に父・直起さんは引退します。

幼い頃から酒蔵がそばにある環境で育ち、水害の苦労を乗り越えた3人が「阿吽の呼吸」で生み出すのが、寿喜心なのです。

3兄弟が「阿吽の呼吸」で生み出す、首藤酒造の酒

コロナ禍で苦しくとも、ネット販売はしない

2020年、新型コロナウイルスの感染拡大による影響で、飲食店の時短営業になったり宴会需要が減少したりと、酒の販売が激減しました。

「売れ筋の、出した瞬間すぐ完売する人気商品が、2020年3月は全く動かなくて、僕たちもびっくりしたんです。こんなに美味しくできたのに、いいの?本当にいらないの?って」

例年なら即完売の「雄町」。「今年の雄町は最高の出来」と茂さん。

酒販店からの注文は徐々に復活しつつあるものの、まだまだコロナ禍が続く状況。世の中はネット販売が主流となっています。しかし、茂さんはネット販売はしないと話します。

「僕たちも自社サイトでの直接販売を考えたのですが、これまで頑張って僕たちのお酒を扱ってくれている酒販店さんへの恩を思うと、なかなか難しい。特に長兄は、僕よりも強く恩を感じていると思うんです。だから、行わないと思います」

日本酒「寿喜心(すきごころ)」

今後の展開は未定ですが、2021年の仕込み量はコロナ禍のために例年より少なめ。ますます入手が困難になるのかもしれません。寿喜心を飲みたい人は、首藤酒造へ問い合わせてほしいということです。

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