地域の人々に長年愛されてきた個人経営の飲食店や商店が、店主の高齢化や後継者の不在などの理由から廃業せざるを得ないケースが年々増加傾向にあるといわれています。

岡山県吉備中央町の「安藤酒店」は酒蔵や酒店、ギャラリーとして親しまれてきた築約150年の古民家です。店主が他界したあとも縁がつながり、2020年3月、「たべる」「おと」「くらし」をキーワードに展開する複合施設としてオープンしました。その名も「きびちゅうおうのみんなのデパート 安藤酒店」。開店から約1年が経ち、3月6日にリニューアルオープンした店の魅力や開店の経緯について、店舗を運営する時宗正幸さんと市來裕子さんにお話を伺いました。

町を訪れたその日に、縁がつながる

時宗さんは以前、岡山市で酵素玄米とマクロビオティックをベースにした料理を提供する「大地のめぐみ料理・MOJIRO」を経営していましたが、2018年の西日本豪雨の影響で店舗営業を休業。その後、市來さんとイベント出店や出張販売ののち食堂運営を経て、新店舗の出店や引っ越しを考えていたところ、友人の奨めもあり、吉備中央町を訪れたそうです。

「吉備中央町に住んでいる友人から『いいところだから、1回見に来なよ』と言われて、空き家などいろいろな場所を見て回ったんです。その時にその友人が『ちょうどきょう、SNSでお店を維持活用してくれる人を募集してたよ』と教えてくれて、見に行ったのが安藤酒店でした。外観がすごく素敵だったので、中も見てみたいなと思ったら、友達が家主さんに連絡を取ってくれて、直接お会いできることができたんです。そこからはトントン拍子に話が進みました」と市來さん。

歴史ある酒屋の面影が残る安藤酒店の外観

お店に人が集まっているのを楽しそうに見ていたという先代の店主の話を聞き、ここを人と人がつながる場にしよう!と思っていたことから、先代店主と同じ思いであることを感じ、すぐに吉備中央町に引っ越しをして、急ピッチで開店の準備を進めたそうです。

「しばらく使われていないお部屋もあったので、掃除と片付けをするのが主に開店準備といえるものでした。ご近所の方々や友人たちが手伝ってくれたので、無事にお店を開くことができました。オープンの日には、250人ほどの人が集まって大盛況でした」と時宗さんは開店するまでのエピソードを語ってくれました。

物販スペースには地元で採れた農産物や加工品、調味料などが並ぶ。醤油は量り売りもしてくれる

店名は、みんながワクワクするような場所にしようという思いから

元々の酒屋の屋号である「安藤酒店」という名前も残し、「きびちゅうおうのみんなのデパート 安藤酒店」という店名になった経緯を尋ねました。

「長年地域の方々に愛されてきたお店だと思ったので、『安藤酒店』という屋号はそのまま使わせていただきました。『みんなのデパート』の“みんな”というのは、お店に来てくれるお客様や、お店の料理で使わせていただいている農産物を作っている方、地域に住んでいる方々などを総称しての『みんな』ですね。子どもの頃、『デパート』って、レストランがあって、屋上があって、楽しいものが売っていたり、音楽が流れていたりして、家族や友達と出かけられるワクワクする場所でしたよね!そんなワクワクがあるような場所にしようと思って、『きびちゅうおうのみんなのデパート』と名付けました」

MOJIRO謹製の酵素玄米ライスバーガー・豚しょうが焼(税込650円)と本日のポタージュ(税込350円)。ポタージュはバーガーとセットだと50円引きになる

3月6日のリニューアルオープンで、「安藤酒店」の食事メニューも一部リニューアルしました。一押しメニューは、酵素玄米ライスバーガー(税込550円~)で、いただいてみると、おかずとごはんが一度に食べられて満足感があるのに、重たくなり過ぎない感じでした。

「当店の酵素玄米は、吉備中央町産の玄米に小豆と塩を加え、特殊な圧力鍋で炊き上げ、3日間かけて熟成させています。食感はもちもちしていて甘みもほんのり感じるので、普通の玄米よりかなり食べやすく、まるで、お赤飯のようだと言われます。また、酵素玄米は栄養価が高く、食物繊維も多いので、腸内環境が整えられるんです。消化や吸収も良いので、このライスバーガーは、スローなファーストフードと呼んでいます(笑)」

カフェスペースは広々としていて、奥には四季折々の草花を楽しむことができる庭もある

より一層、「みんなのデパート」として、地域に根ざし、人がつながり、広がる場になることを思い描いていく

「安藤酒店」の先代の店主は、音楽と本をこよなく愛していたようで、その思いは現在も引き継がれています。

「2階には小さな図書室があり、誰でも本や漫画などを読むことができます。先代のおじいちゃんは音楽が好きで、たくさんの人が集まっているのを見るのが好きだったようなので、不定期ですが、音楽鑑賞会やライブを開催し、その思いを受け継いでいければ、と思っています」と時宗さん。

少し急な階段を登ったところにある図書室。読みたかった1冊を見つけることができるかも

プレオープンの日は、山名音楽事務所のライブを開催し、店内に心地よい音楽が流れていた。このスペースはワークショップや会議などでも利用できる

今回、開店から約1年のタイミングで店内をリニューアルした経緯を市來さんが話してくれました。

「2020年の3月に開店したときは、準備期間が短かったため、目に見えるところを整えて開店した感じで、開店してから徐々に整えていけばいいと思っていたんです。でも、営業しながら手の届かないところを掃除したり片付けたりするのは難しかったですね。気になりながらも日々のことに追われていて、ずっと頭の中で『あそこをきれいにしたい』『ここも整えて使えるようにしたい』ということを考えていました。だったら思い切って1か月間お店を閉めて、リニューアルをしようと決めたんです」

今回のリニューアルでは、2人用のカフェスペースが新たに作られた

2階の茶室も綺麗に整えられた。今後はお茶のイベントも計画中とのこと

リニューアルオープン当日は、予約で早々と満席となり大盛況だったようです。

「岡山市内から初めて来られたお客さまやご近所の方々、常連さん、友人などたくさんの方がお越しくださりました。店内飲食とテイクアウト、どちらのご利用もありましたし、『気軽にランチ』『ご予約の会食』『喫茶として』など使い方も様々で、思い描いていた通りのリニューアル後の姿になりました。今回のリニューアルは、友人たちやご近所の方の協力をたくさん得てこそ実現できたことで、お祭りのようにワイワイと作業し、同じ釜の飯を食べ、日々バージョンアップしていくお店を眺め、プレオープンの日には手伝ってくれた友人たちが様子を見に来てくれたことも嬉しかったです。リニューアル後は、『広く感じる』『空気が清々しい』といった言葉をたくさんいただきました」と時宗さん。

時宗さんにお店の今後の目標などについて尋ねると、「気軽に利用できるようなメニューを増やしたので、より一層、『みんなのデパート』として、地域に根ざし、人がつながり、広がる場になることを思い描いていこう!と思っています!」と熱く語ってくれました。今後も先代の思いを受け継ぎながら、バージョンアップしたさまざまな魅力があふれる場所になっていくことでしょう。

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