台東区蔵前。コーヒー焙煎店・縁の木は浅草の近く、隅田川の右岸に広がるこの街に店を構えます。下町の風情を残す蔵前は近年、たくさんのカフェが立ち並ぶようになったことで話題に。2014年に創業し、「コンビニよりリーズナブルに自宅でほんものの珈琲を楽しめること」を謳う縁の木も、蔵前コーヒーカルチャーの一翼を担う存在です。

そんな店を営むのは、出版業界を脱サラして独立した経歴を持つ白羽玲子さん。目下、コーヒーごみを再利用した家庭用の有機質肥料「+Coffee」を世に送り出すべく、畜産機器メーカー・四国ケージ(本社/愛媛県)、さらには蔵前という地域とともに奔走しています。

白羽さん(左)と、その紹介を受けて四国ケージで働き始めた勝浪永子さん。15年来のママ友だという2人で、+Coffeeの普及に努める

店のある首都圏をはじめ、都市部のベランダ菜園などでも気軽に使えるよう、従来の鶏糞肥料に比べ9割も臭いを軽減させた+Coffeeができるまでのサイクルは、誰でも参加が可能な門戸の広さに特徴があるそう。そこには、自身の育児経験が投影されていました。

抽出かすに代表されるコーヒーごみは、国内で年間およそ60万トン。これまで、捨てざるをえなかったものに共通の問題意識を見つけた蔵前の街の一歩は、あるいは小さなものかもしれません。

循環のモデル図

ですが、他の地域にも応用の利く「蔵前モデル」には、コーヒー業界を取り巻く環境問題に一石を投じる、大きな可能性が秘められていました。新しいコーヒーの街に生まれた、新しい循環の仕組みをひも解きます。

持ちつ持たれつの関係で、鶏糞肥料の課題を克服

コーヒーごみ回収の様子

+Coffeeの製造を手がける四国ケージと白羽さんとの出会いは、2019年のこと。あるお客さんからの紹介がきっかけでした。以前からコーヒーごみを配合した石鹸やろうそくなどを試作していた白羽さんですが、いずれも商品化には至らず。

それでも、開業以来の悩みだったコーヒーごみの活用法を周囲に尋ねていたところ、四国ケージの話題が舞い込んできたのです。白羽さんは当時を次のように振り返ります。

「いままで四国ケージさんがやってた肥料の販売ルートとは、まったく違うところで販売する。その販売ルートがないっていうのが、彼らが不足していた点だったんですね」

当時、すでに+Coffeeの製造技術を確立していた同社。ただ、大口の顧客が中心ということもあり、いち地域から出たコーヒーごみを使った肥料を作りたいという提案は想定になかったそうです。

回収されたコーヒーごみ

しかし、最終的には熱意が伝わり、クラウドファンディングで資金を捻出することを条件に2020年5月、+Coffeeプロジェクトが始動。開始から2ヶ月ほどで目標金額を達成し、無事、製品開発にこぎ着けることになりました。

+Coffeeのベースに採用されたのは、業務用肥料「コーヒーってすごいね」。コーヒーごみを消臭剤に用い、こだわりの強い農家から支持を集めてはいるものの、家庭で使うにはまだまだ臭いが目立つ商品です。

そこに蔵前エリアのカフェや焙煎所、10店舗あまりから集められたコーヒーごみを添加。地道に試作を重ね、ついには従来品の9割もの臭いをカットすることに成功、成分面においてもバランスのよい有機質肥料を完成させました。

手に取りやすいペレット状の+Coffee

また、環境負荷を考慮し、パッケージには自然に土に返る生分解性の袋を採用。四国ケージの特許出願中の技術により、肥料中の微生物の活動を止めたことで密閉が可能になり、店舗での陳列や家庭での保管も容易になりました。

高い技術力を持ちながら、家庭向けの販路を持っていなかった四国ケージと、小売のノウハウを蓄積させるも、コーヒーごみの活用に窮していた白羽さん。+Coffeeは、まさにお互いの強みを活かしながら足りない部分を補い合う商品だったのです。

誰にでもできる、そうすれば可能性が広がる

四国ケージのスタッフ

+Coffeeの製造サイクルを確立するうえで白羽さんが意識したのは、誰でも参加できるということ。コーヒーごみの回収、欠点豆の粉砕・抽出、半製品の包装など、肥料製造に前後する循環の過程はいずれもシンプルな作業です。

蔵前モデルでは、これらの作業を福祉作業所に委託。利用者の障害特性に合わせて、仕事を提供することができるのがメリットです。自身の次男も知的障害を伴う自閉症との診断を受けている白羽さんは、プロジェクトの今後についてこんなふうに展望を語ってくれました。

欠点豆を入念にピッキング【写真提供/SOL'S COFFEE】

「仕事のバリエーションを増やしてあげれば、それが得意だって子が出てきますよね。そのなかのひとつに、うちの子がはまればいいなと思っています」

+Coffeeプロジェクトの底流にあるのは、両親を早くに亡くし、障害のある我が子を育てるなかで、自然と「親なき後」の子どもの将来を案ずるようになった、白羽さんの体験。障害者と健常者の間にある賃金格差の是正にも期待を寄せます。

生分解性の袋に包まれた+Coffee。ハーブなど、成長の早い植物に向く

「(障害者に)仕事は出してあげるって感覚がありますけど、誰でも同じ金額でそこを受注できるようにしたい。ですからある意味、必ず障害者が関わることにはこだわっていない」

誰にでもオープンであれば、おのずと障害者にも道が開ける。白羽さんのプロジェクトには、そんな思いが感じられます。蔵前の街から発信された、+Coffeeの取り組み。2021年2月からのテスト販売を経て今後、他の地域にも「レシピ」を伝えようと白羽さんは前を向いています。