午後8時頃の旧福田小学校の体育館。暗闇に語り部の声が響き、電子音楽とともにいびつな形をした様々な魚の影が映し出される。2020年の9月末、香川県小豆島の福田地区にある福武ハウスで川村亘平斎さんによる影絵が行われた。影絵には地元に住む子供や大人たちも参加した。コロナ禍で次々とイベントが中止になった昨年、久々の生の観劇は歓声を上げることはできなくとも、心にぐっと強く響くものが残った。

バリでは楽器を弾けないと影絵ができない

川村亘平斎さんとプロジェクトスタッフ。右から3人目が川村さん(写真:牧浦知子)

 川村さんは音楽家であり影絵師である。一人で影絵をしながら、音楽を演奏するソロユニット「滞空時間」としても活動している。ときには漫画家やイラストレーターにもなり、その活動域は広い。

 インドネシアの青銅打楽器「ガムラン」に出合ったのは大学時代。学び始めると次第に本場でガムランの修業をしたくなり、2003年にバリへ渡り一年間現地のガムラン奏者に弟子入りをした。

ガムランを追求していくと、さらに伝統影絵芝居「ワヤン・クリット」を学ぶことが無視できなくなっていったという。ワヤン・クリットでは、影絵師は演奏、語り部、指揮者も行うほか、物語の構成も考える。演目はインド伝来の古代の民話や神話などが主だ。

インドネシアのワヤン・クリット。人形は牛の皮で作る。(写真提供:川村亘平斎)

「彼らは多分、音楽から影絵をイメージしているんです。僕がバリの影絵がすごく好きな理由はそこです。影絵を扱うことと音楽を扱うことは、目に見えないという点でよく似ています」と川村さん。

バリでは影絵の伴奏楽器をすべて扱えないと、影絵を教わることはできない。川村さんは影絵師になるまで、15年音楽の修行を積んできた。

 帰国して音楽活動を続けていると、次第に影絵も上演してほしいと頼まれるようになった。始めは、創作したフィクションの影絵を作って上演していたが、徐々に全国から呼ばれ地域の民話や神話などをリサーチし、影絵に落としこむ表現での活動が増えていった。東日本大震災後の復興にワークショップ(以下WS)や上演の声をかけられることもあったという。

「バリの師匠には影絵師にとって一番大事なことは、声だと教わりました。影絵だけ、音楽だけではダメで、そこには語るべきなにかが必要なんですけど、僕自身は音楽をやっている時は『語るって野暮じゃない?』ってマインドがもともとあって。だから、よほど自分が語りたいと思えるものに出会えないと、なかなかできないなっていう気持ちがあったんですよね。振り返って考えると、その土地に根ざしたなにかをリサーチする機会をその当時は待っていたのかもしれません」と川村さん。

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