突然ですが、絵画教室というと、どのようなイメージを思い浮かべるでしょうか。ともすれば、その道の「プロ」の指導のもと、与えられた課題をこなすことで画力を高めるもの、そうとらえる人もいるかもしれません。

工房のエントランス。もともとはクリニックの裏口だ

今回、取材で訪ねたのは、和歌山市の銅版画サークル「グループCu 10+1(クー・テン・プラス・ワン)」の工房。30代から70代にかけての生徒が、それぞれの着眼点を活かしたバラエティ豊かな作品づくりに励んでいます。

講師を務める持田総章さんは、大阪芸術大学の名誉教授。86歳を迎えた現在も月に1度、自宅のある兵庫県芦屋市から和歌山に赴き、生徒一人ひとりにじっくり向き合っています。移動距離は往復にして150キロあまり。

生徒のなかにはまったくの初心者も

定年退職から15年以上を経たいまもなお、生徒と肩を並べて制作に取り組む情熱の源泉とは、いったい何なのでしょうか。工房として使われている和歌山市内の元・クリニックで、60年以上にわたる画業や指導にかける思いを聞きました。

持田総章(もちだ・そうしょう)
1934年、東京都生まれ。千葉大学教育学部に学び、浪速短期大学デザイン美術科講師、後身の大阪芸術大学芸術学部で教授などを歴任。現在は同大学の名誉教授のかたわら、銅版画グループの指導にあたる。特定のモチーフを反復させる作風が特徴で、茶碗のかけらや靴を使った立体作品の制作を手がけることも。

芸術は「徒党を組まず、孤高に陥らず」

刷り上がった作品を前にアドバイス

「先生にアドバイスを求めると『まずはやってみましょう』と背中を押してくれる」
「学生時代に戻ったようでワクワクした」

これらはグループCu 10+1で銅版画にいそしむ生徒の声です。作品のテーマは風景や動植物、抽象画を思わせるものまで多種多様で、持田先生の側から「こうしなさい」という指示が飛ぶことは一切ありません。そんな自由度の高さの理由は、先生が小学生だったころ、初めて絵画に興味を持った逸話にも見出すことができます。

プレス機を調整する目も真剣そのもの

当時は、太平洋戦争の真っ最中。子どもたちが描く絵も、軍艦や戦闘機などがほとんどだったそうです。そんな友人たちを尻目に、疎開先の飛騨で稲刈りの模様を描いた持田少年。戦時下という状況にあって目新しい牧歌的な作品は、地方紙に掲載されることにもなりました。

「人生で一番大事にしてきたのは、群がるなってことですかね。徒党を組まず、孤高に陥らず」

すべての国民を巻き込んだ戦争という非常事態は、現在のコロナ禍にも通ずるものを感じさせます。が、そんななかにあっても先生は自身の感性に導かれるかのごとく筆を執ったのです。

トカゲをモチーフに

グループCu 10+1の生徒が自由な創作活動に取り組める背景には、周囲に迎合しない幼い「芸術家」の素直な心があった――そう言っても、決して過言ではないでしょう。

中学校、高校では、美術部ではなく生物部に所属。特に「国府台生物研究会」と名づけられた中学校の生物部では、植物の観察記録をつけ、その細密画を描くことに夢中になりました。のちの作風にも通ずる細部を描写する感覚は、このころ養われたわけです。高校に入学すると、風景画や人物画にも手を広げるようになっていました。

本格的に芸術の道を志すようになったのは、大学時代。千葉大学の教育学部を卒業した先生は、知人の紹介を受け大阪で教材編集の仕事に携わりながら、4畳半のアパートで油絵を描く日々を過ごしました。ところが、ここでひとつの問題が生じます。大判の油絵は、狭い自室では満足に見返すことができなかったのです。

そこで、行き着いたのが学生のころに学んだ銅版画でした。大きなスペースを必要としない銅版画であれば、限られた空間での制作も可能になるというわけです。

生徒の作品も小品が多い

凹版の版画である銅版画は、従来であればニードルと呼ばれる器具で銅板を彫り込むのが定番ですが、「人のやってることはやらないっていう気持ち」から、絵筆やフェルト、バーナーなどを用いた独自の技法を完成させていきました。

©Sosho Mochida

特定のモチーフを反復させるのは、「画面にリズム感が出てくる」から。近年は飛行機のそれが目立ちます。「空を飛ぶ」という人間の夢が具現化したものでありながら、戦争の道具として使われる側面もある飛行機。これを人間の暮らしに欠かせない水を象徴する桶と対比させることで、いわば人間という生命体そのものを表しているそうです。

「稲刈りの根底にあるのは平和。平和への祈願っていうんですかね。それはたぶん子どものときからあったんだと思います」

長きにわたる画業を真摯な口ぶりで振り返ってくれた

そう語る先生が人を教える立場になったのは、まだ28歳のときでした。

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