ひき逃げの影響で下半身が不自由になった猫の「愛ちゃん」。
ある日、そんな愛ちゃんが、か細いながらも力強く立ち上がり、2歩、3歩と自分の寝床に向かって歩き出しました。
このときの様子を、お母さん(飼い主さん)である@shie.etoさんがInstagramに投稿すると「胸が熱くなった」「涙止まらない」などのコメントがたくさん寄せられています。
そこで、お母さんの@shie.etoさんに、愛ちゃんについて話を聞きました。
大雨の朝、運命の出会い
大雨が降っていた朝、@shie.etoさんは、ずぶ濡れの猫が道端に取り残されているのを見つけました。うつ伏せのままピクリとも動かず、かろうじて首だけを持ち上げ、水たまりに顔が沈まないよう耐えていたといいます。
「何があっても必ず助ける!」
そう強く決意した@shie.etoさんは、そのまま車で病院へ。
診断の結果は、腹筋が裂けて内臓が飛び出す「腹壁ヘルニア」。膀胱の反転に加え、頭部への強い衝撃による意識障害、足の骨折も2ヶ所に及んでいました。
さらに、長時間雨の中にいたため、体の芯まで冷え、低体温にも陥っていたそうですが、危篤に陥りながらも、輸血と3度の手術をしたことで、奇跡の生還をしたのです。
そして退院後は、水腎症で片方の腎臓を摘出したことも教えてくれました。

重い後遺症と向き合う日々
1ヶ月の入院を経て退院した猫は、@shie.etoさんによって「愛ちゃん」と名づけられました。
不自由ながらも元気に生活できると思っていましたが、愛ちゃんには排泄障害という重い後遺症が残っていることがわかります。
もともと野良で人を怖がっていたこともあり、自宅でも怯えがちに。そこで@shie.etoさんは、カーテンをかけたソフトケージの中に小さな部屋をつくり、そっと心に寄り添いました。愛ちゃんは誰もいないときにだけ、ご飯を口にするような日々が続きます。
愛ちゃんは自力で排尿ができないため、朝晩@shie.etoさんが尿を出しますが、便は下痢でコントロールが難しい状態。さらに、真菌、発疹、下痢、発熱など、次々と病気を発症します。
また、事故前はできていたことが次第にできなくなり、無表情で無気力に。上腕の筋肉は発達せず、下半身は動かせないまま。思うように身体が動かせないことに、心もすっかり塞いでしまっていました。
そんな姿を見て@shie.etoさんは、愛ちゃんが絶望していることを感じます。
次々と訪れる困難に対し、懸命に支え続ける日々に「これ以上、この子に試練を与えないでください」と、神に祈るような気持ちで、一つひとつのハードルをふたりで乗り越えてきました。
少しずつ通じ合う心
最初は人が怖くて唸っていて、人前では決してご飯も食べず、水も飲まない愛ちゃんでしたが、少しずつ@shie.etoさんに心を開いていきました。
@shie.etoさんの声かけに目を細めて返事をするように変わっていき、手に巻きつくようにも。

下半身不随ですり寄ることができない愛ちゃんは、手で表現するなど表現力は他の猫とは異なりました。
普段は前足だけで前に進み、お尻歩きが移動手段。
しかし、自宅にいる他の猫たちが、次第に愛ちゃんを受け入れ始めて近くに寄り添うようになり、保護していた子猫と遊ぶ姿も見られるようになったころ、自力で動こうと変化していきました。

無表情、無気力で顔に光がなかったのですが、遊ぶようになり少し明るく感じられるようになった愛ちゃん。
そして立ち上がり、1歩、2歩と踏み出すようになります。それからというもの、愛ちゃんは毎日毎日、立ち上がる練習を自分でするように…。開脚するため、危なく感じるときには@shie.etoさんが支えて寄り添いました。

「愛ちゃんがヨロヨロとか弱くも力強く立ち上がって2歩、3歩踏み出したとき、私は娘と拍手喝采でした」
娘さんと泣いて喜び「愛ちゃんはすごいね!」「 愛ちゃんは天才だ!」と褒めた日のことを、昨日のことのように覚えているそうです。
1歩、2歩と踏み出してからの愛ちゃんは、表情が明るくなり、自信を取り戻して行く様子もはっきりとわかったといいます。
「猫は言葉を話せないだけで、心は同じだということを愛ちゃんを通じて感じました」と話してくれました。
動物に優しい日本になってほしい
@shie.etoさんは子どものころから、捨て猫や負傷した犬猫を拾ってきては育てていましたが、無力な子ども時代では思うようにならないこともありました。
ある日、娘さんが目も開かない小さな猫を連れて帰ってきたとき、その記憶がよみがえり「猫は人が助けてあげないと!」と強く感じたことをきっかけに、本格的に保護活動を始めます。
「不幸な猫を一匹でも減らしたい」
そんな思いから、野良猫を保護し、不妊手術を行って繁殖を防ぐTNR活動に取り組んでいます。保護した猫たちには、安心して暮らせる家族を見つけてあげたいと語る@shie.etoさん。
外で暮らす猫たちは、事故や病気、けが、虐待、感染症など、さまざまな危険にさらされています。室内で暮らす猫の寿命が15年ほどに対し、外の猫の寿命はわずか5年程度。
「“汚れている”と思われがちな猫でも、人が寄り添うことで本来の美しい姿に戻ります」と@shie.etoさんは語ります。
かけがえのない2年4ヶ月
2025年6月19日、愛ちゃんは腎不全のため静かに旅立ちました。
2年4ヶ月にわたり寄り添い続けた@shie.etoさんは、その想いをこう語ってくれました。

「愛ちゃんは私の命です。人間の娘と何ら変わりなく、猫の姿をした娘でした。これほどまでに愛した猫はいません」
あらゆる手段を尽くしたものの、命を守り抜くことはできなかったといいます。
@shie.etoさんは「ありったけの愛で包み込みたかった」とお話してくれました。
また「あの子に『愛してるよ』と言うと『わたしもお母さんを愛してる』と言わんばかりに、大きな声でニャーと返事を返してくれました。最期の瞬間まで…」と教えてくれました。
医療についても、人が猫に施せる限りのことはすべて行いました。
「まだできることがあるならやりたい」と@shie.etoさんが伝えると、院長先生は悲しげな表情で「もうできることはすべてやっているよ。これ以上はないんだよ」と返したそうです。
治療を続けても予後が厳しいとわかってから、院長先生からは「愛ちゃんはお母さんのことが大好きだから。最期まで一緒に居たいと思うんだ」と助言をもらいました。その言葉を受けて、@shie.etoさんは現実を受け入れ、愛してやまない娘のような存在に、最後にできること“仕事を休み、寄り添いながら過ごすこと”を選びました。
介護と看取りの日々は、儚くも、奇跡のように幸せな時間だったと振り返ります。
2年4ヶ月を共に過ごした日々は、愛ちゃんにとってもお母さんにとっても、かけがえのない宝物となりました。そんな愛の連鎖が、これからも広がっていくことを願わずにはいられません。

