自閉症が原因で遠巻きにされていた弟。 生きづらい社会に違和感を覚えた兄が追求した”新しい選択肢”とは 小児・成人精神科訪問看護ステーションニト代表に迫る

自閉症が原因で遠巻きにされていた弟。 生きづらい社会に違和感を覚えた兄が追求した”新しい選択肢”とは 小児・成人精神科訪問看護ステーションニト代表に迫る
【実際の写真5枚】 施設の様子

小児では珍しい精神(発達障害や知的障害)の訪問看護を行っている、小児精神訪問看護ニト。
家庭からのニーズに応えるだけでなく、全国展開を視野に入れ、小児に特化した支援を徹底しています。

代表の川﨑翔太郎さんは、軽度知的障害のある自閉スペクトラム症のある弟と家族として身近で過ごす中で、社会へ違和感を覚えた経験から障害のある方を支えたいという思いの原点に至りました。

そんな川﨑さんに、小児精神訪問看護ニトの軌跡や、今後の障害児支援において叶えたいことなどを聞きました。

ニトが目指す小児精神訪問看護とは

ニトは訪問看護の事業をメインに運営している会社で、関東を中心に成人の精神科に特化した訪問看護・発達が気になる子どもに対しての小児精神訪問看護を提供しています。

発達障害や知的障害、不登校など、心身の課題を抱える子どもとその家族を支援するため、成人分野から小児精神に特化した支援を始めました。
「利用者さん(子ども)一人ひとりを見て、必要な支援を考える姿勢」と「疾患や障害ではなく“その人自身を理解する”意識」という点にこだわっています。

川﨑さんは「疾患や障害は個別性が高いもので、子どもによって課題もさまざまです。だからこそ“この疾患だからこう”などと決めつけず、目の前の子が“今、何に困っていて何を求めているのか”を正しくつかむようにスタッフ全員が日々努めている」と語ります。

すべての子どもや家族がそれぞれだからこそ、絶対に当てはまる万能な支援策や方法はありません。だからこそニトのスタッフは“障害が何か”ではなく、“その子に何が必要か”を重視しています。

これらを大切にすることが「一人ひとりに寄り添った支援の実現」につながるという思いでニトは支援を提供しています。

川﨑翔太郎さん(川﨑さんより提供)

“その子自身を見る支援”が生まれた原点

ニトでは個々に合った課題や特性に合った対応をしています。障害や疾患名にとらわれず、目の前の利用者さんを正しく理解する。それが支援の第一歩です。自分のやり方にこだわりすぎず、目の前の利用者さんに合わせて自分も変えていくことを意識しています。

たとえば、子どもが漢字を覚えるために必ずしも「紙とペンを使って学ぶ」必要はありません。音で覚えることが得意な子どもに対しては歌やストーリーをつけて覚えたり、細かい点に注目することが苦手な子どもにはパズルを使ったりして学びます。

今まで学習での失敗体験の多さから勉強への抵抗がある子には、まず遊びや別の活動で成功体験を積むことから始めます。小さな成功体験から心のケアをすることで、もう一度勉強に挑戦できるような心身の健康を整えていくのです。

こうした学び方の柔軟性や支援方法の幅を身につけるためにも、ニトの社内では研修やeラーニングでスタッフの学びの機会の充実を大事にしているといいます。必要な知識をつけたり、学びたいときにすぐにアクセスできたりする体制を整えることも利用者の方の生活を支える大事な要素だと考えています。

小児・成人精神科訪問看護ステーションニト代表 川﨑翔太郎さん(川﨑さんより提供)

川﨑さんは小児・成人精神科訪問看護ステーションを運営しながら、次のような課題にもどかしさを感じています。

訪問看護は「病院の補助」にすぎないという認識が根強い点。そして小児訪問看護はそもそもの認知度が低く、スムーズに利用につながりにくい点です。

だからこそ、「まだ利用者さんのためにできることがあるはず」と、社会課題の解決に向けてさらに行動を広げたいと考えています。

「今は目の前の利用者さんに対してニトができることを最大限行っていく、そしてしっかり実績を作っていくのが一番の近道と思っているので、一人ひとりができることを一つずつやっている現状です」

弟との経験が育んだ、支援者としてのまなざし

川﨑さんが障害がある子どもやその家庭をサポートしたいと思ったきっかけは、自身の弟が軽度知的障害のある自閉スペクトラム症であったことからでした。

子どものころから、弟の生活している環境に違和感がありました。できないところばかり目を向けられる一方で、必要なサポートもしてくれていない…そんな社会に疑問を持つようになり「弟の生きづらさがどこにあるのか」と考え始めたのです。

川﨑さんの弟さんは小学校時代、いじめが原因でチックが出るようになりました。それでも中学校には元気に通っていたといいます。しかし、特別支援学校に進学した高校では、学校から“来ないでほしい”と言われる様子を、川﨑さんは間近で見ていました。
「彼のそういう人生を近くで見てきたのは大きいと思います」と現在の活動につながる経験を話してくれました。

小児・成人精神科訪問看護ステーションニト代表 川﨑翔太郎さん(川﨑さんより提供)

また川﨑さんのお父さんは、小学生のころに亡くなってしまったため、弟さんに接する男性は川﨑さんしかいませんでした。
「どこか……父親まではいかなくても、近くでサポートするのは私という意識になっていたような気がします」

そんな関係性の中で、弟さんは学生時代ストレスも大きく、自己肯定感も低かったので、家族は「彼の保護因子になる必要があるな…」と思いながら接していたといいます。
そんな中、弟さんは成人したときに、初めて自分の言葉で「祖父のクリーニング業をやりたい」と話してくれたのです。

初めて弟さんが自分のやりたいことを口にしたとき、川﨑さんは驚きつつも嬉しさがこみ上げたといいます。
それから弟さんは必死に勉強して国家資格を取得。

弟さんの姿から「人の人生の選択肢は、どんな状況でもどんな特性があっても増やしていけるんだなと思いました」と話していました。

「誰もが訪問看護を選べる社会」へ

ニトによる事業が展開されるなかで、利用者さんや関係機関からはさまざまな声が寄せられているといいます。

「対応できる事業所が少ないなかで受け入れてもらえてありがたい」「小児精神の困りごとに訪問看護という選択肢があるとは知らなかった」など、サービス提供エリアの拡大や支援内容に対する感謝や驚きの声が届いているそうです。

川﨑さんは、便利なものが増える一方で、不登校や虐待の増加などの社会課題にはまだまだ支援が追いついていないと感じており「仲間を増やし、本気でアプローチしていきたい。ニトも今以上のスピードで事業拡大していかないと」と語っていました。

川﨑さんと取締役の星島さん(川﨑さんより提供)

事業を展開していく中で、人材面の課題にもアプローチしたいと思うようになります。

課題に感じたのは、看護師やリハビリ職のキャリア形成です。
「新卒はまず病院で経験を積むべき」「訪問看護では将来困る」といった考え方が一般的な中で、より専門職においても多様なキャリア形成を実現できるのではと考えています。

「もちろん病院への就職を否定するものではありません。就職先の選択肢が少ないことが課題だと考えています。働く人も一人ひとり違うので、病院の環境が良い人もいれば訪問看護の環境が良い人もいる。訪問看護で働くということが、選択肢の一つとして当たり前に存在している社会を実現したいと思っています」

またニトとして「人」が一番であり、最も大事にしていきたいとも語ります。看護師・リハビリ職の方々にとって、訪問看護で働くことが選択肢に増え、そしてキャリアとなるよう、ニトで働く人の環境にも引き続き力を入れていきたいと強く語ります。

小児・成人精神科訪問看護ステーションニト(川﨑さんより提供)

子どもの未来に寄り添う、地域と人を育てる挑戦

川﨑さんに、障害がある子どもやその家庭に向けた支援として、現在の課題について聞いてみました。
それは、特に精神疾患を持つ子どもの支援体制が、ニーズに対して十分ではないこと。川﨑さんたちは小児だけでなく、成人の精神科訪問看護も含めて支援を提供している中で、この現状が明らかになってきたといいます。

例えば児童発達支援など、通所型の療育施設で支援を受けて発達課題が改善してきた子どもであっても、環境が変わるとそれまでできていたことができなくなるといった状況があります。

そういった状況で「子どもの家での様子も見てほしい」「自宅での成長実感もより持ちたい」といった家庭からのニーズがあったのです。

そこで川﨑さんたちは、こういった現場から自宅特有のニーズに応えられる支援の必要性を感じ、通所支援や訪問支援の良さをかけあわせ、多方面から子どもの発達に寄り添うことができる状態をつくりたいと考えました。

ニトでは成長過程の子どもを対象にしているからこそ、大きくなったときのための支援ができます。長期にわたって、家族のための生活をより良くしていくお手伝いをしたいと考えているからこそできることなのです。

そうしたニーズに加えて、訪問だからこそのメリットがあるとも感じていると話します。
「実際にご自宅に伺うことで、日々どのような環境で過ごしているのか、ご家族との関係性や些細な反応に至るまで、利用者さんを取り巻く周辺環境をより正確に把握でき、課題の把握やそれに伴うフォローがしやすいです」

「子どもの生活を直接見られることで、その子の困りごとへの理解度が深まりますし、必要な支援が何なのかも見えやすいです。また、子どもが安心した環境から支援をスタートできるという点も子どもやご家族からすると大きな利点ではないかと思います」

川﨑さんたちが目指していることは「子どもの10年先を見据えた支援」です。
目の前のこどもの就学、または社会に出たあとの生活のために、今できる最善の支援策を追求していきたいといいます。

小児の精神訪問看護は、まだ社会的な認知度が低いのが現状です。子どもの支援としては、児童発達支援センターなど“通所型”サービスが圧倒的に選ばれています。
そこで私たちニトは、通所とは異なる“訪問型”の選択肢を提示したいと考えています。子どもと家族が「必要なときに、必要な支援」にアクセスできるよう、今後も積極的に情報発信を続けていきます。

「通所型とはまた違った役割として、ニトのような小児精神の訪問看護が子どもや家族にとって新しい選択肢となる。必要な人が必要なときにアクセスできる社会を、仲間とともに本気でつくっていきたい。なんらかの理由で通所しづらく、支援につながっていない子どもや家庭にも寄り添っていける可能性が私たちにはあると思っています。」

 

この記事の写真一覧はこちら