「障がいがある子も楽しめる」育児に必要な情報を提供したい。自身のニーズからサービスを立ち上げた女性に迫る

「障がいがある子も楽しめる」育児に必要な情報を提供したい。自身のニーズからサービスを立ち上げた女性に迫る
ファミケアを立ち上げた鈴木碩子さん

「もっと家族で楽しい時間を過ごしたい!」

指定難病である福山型先天性筋ジストロフィーの息子さんを育てる母親、鈴木碩子さんが抱いていた願いです。息子さんの成長とともに、仕事や医療ケア、福祉制度について学ぶ必要性を痛感した鈴木さんは、自ら情報を集める中で、役立つ情報や便利なグッズ、楽しめるイベントが存在することを知りました。

「情報を広めれば、疾患や障がいを持つ子どもと家族の生活がもっと楽しくなるかもしれない」と考えた鈴木さんは、2023年に「ファミケア」を立ち上げました。ファミケアは、疾患や障がいを持つ子どもとその家族の「楽しい!」を応援するブランドです。

今回はファミケアを設立するまでの道のりや、鈴木さんご自身の思いなどを聞きました。

※福山型先天性筋ジストロフィー…全身の筋力が低下する筋ジストロフィーに加えて、脳の発達異常を伴うことを特徴とする重篤な遺伝子疾患。日本人に多く、海外ではまれな病気と言われている。

最初は一人で始めた「ファミケア」

息子さんが0歳のときに難病と診断された鈴木さん。一般的な育児では当然と思える楽しみが、自分には簡単ではないと気づきました。さらに、インターネットで障がい児向けの情報を探すうちに、情報が不足している現状を痛感します。
「必要な情報を家族に届ける仕組みが必要だ」と感じた鈴木さんは、ファミケアを一人でスタートしました。

生後10ヶ月の息子さん

2023年9月から始動したファミケアは、SNS発信や障がい児家族向けの相談・支援アプリの運営を展開。全国1万人以上の家族がつながるプラットフォームへと成長しています。

鈴木さんは、今までになかったサービスの運用のため「社会的にも解明されていない壁がすごくあった」と振り返ります。

特に、障がい児を支援する制度については、自治体ごとに運用や活用状況が異なるため、一つの制度を説明するだけでも苦労が多かったと話します。

たとえば、障害福祉サービスの受給者証や補助費の認定基準やルールは自治体の運用方法やルールによって様々です。同じ制度でも居住地域や個別の状態によって、同じ説明が当てはまらなくなってしまうことがあります。
「この方法を使えば大丈夫」といった誰にでも当てはまる全国共通の情報を発信できない点が課題でした。

「障害児における医療や福祉分野はまだ十分便利とは言えず、基本的には口頭説明が中心です。役所で直接聞けば分かりますが、インターネットでは情報が見つからないことが多い。私たちは研究に近い形で情報を集め、誰にでも使いやすいように形にしていく必要がありました。単に解説すれば済む問題ではなかったのです」と語ります。

鈴木さんは、情報収集について次のように説明します。
「ファミケアのメンバーは全国に20人おり、全員が障がい児を育てながら働いています。そのため、メンバーやユーザーから実際の育児に対する声を集めたり、文献を調査したりしてそれぞれの観点から違いをすり合わせることで、基本方針を編み出す流れをとっています。また、困った経験や早く教えてもらいたかったという経験をもとに、すべての情報流通の仕組みが作られています。そのためメンバーやユーザーが原体験で自分が困ったことを共有できるのです」

障がいがある子どもを支えながら働くことについては、全員が同じ状況で生活スタイルが見えやすいからこそ、お互いに状況が理解できるからフォローし合えていると話します。
「訪問看護の方へ引き継ぎがある」「突然の入院になってしまった」というのが頻繁に発生する状況でも、どういう状況かお互いに理解しやすく、仕事がしやすい環境づくりになっていると思うと鈴木さん。

一方で、役所の窓口で「お子さんの状況のような方が保育園に入っている例はありません」と言われた経験を持つ人もいるそうです。
「しかし、他の市区町村では実際に障がい児を受け入れている保育園はたくさんあります。全体の状況を知らないことで親御さんが困ったり、後から知って『どうして教えてくれなかったのか』と感じたりすることもまだまだ多いのが現状です。支援の情報不足でお母さんが仕事を辞めざるを得なくなることもあります。知らないことで親や子どもの人生が大きく変わるのは悲しいことです」
そのため鈴木さんは「必要な情報を届けることで、同じような状況の人たちを支えていきたい」と語っていました。

「世界を少し変えられているな」という実感

鈴木さんはファミケアを始めたときのことについて、こう話しています。

「ファミケアを始めるにあたって、私は医療や福祉のプロフェッショナルではもちろんなく、ただのIT業界で働いてきた障がい児を育てる親でした。すべての疾患や障がいのケースを知っているわけでも、支援現場の経験が豊富なわけでもありません。それでも、自分の『やるべきだ』という気持ちで始めました。最初は、どんな反応があるのか心配になることもありました」と。

しかし、ファミケアを運営していく中で、ご家族が同じ気持ちを感じていたり、ユーザーさんが参加してくれたり、メーカーや他の企業と一緒に取り組んだりすることが増え、社会的な存在感は増してきています。そうした点で「世界を少し変えられているな」という実感があるといいます。

それは鈴木さん自身にとっても、すごく変化が大きかったところだと感じた面でした。

「イベントや相談、様々な事業活動を通じて、多様な障がいや特性、医療的ケアの必要な子どもたちに出会いました。また、ネットを通じて何千ものデータにも触れました。その過程で、知らなかったことが次々と解明される感覚を得ています」とも話していました。

イベントの様子

ファミケアに寄せられる声として、疾患ごとのコミュニティや人気補装具の情報など、どこにもない情報が集まるようになりました。
「自分は少数派だ」と思っていたお母さんたちも、同じ疾患を持つ人たちに出会える場を提供できています。鈴木さんは「ファミケアはメンバーとユーザーの一致団結感があり、エンゲージメントの高いサービスだと感じている」といいます。

その理由は、ユーザーさんの熱量がとても高く、ファミケアを通して障がいを持つお子さんの家庭環境をよくしたいという想いが伝わってくるからです。

「たとえばアンケート調査をしたときにも、フリーワードで答えなくてもいいものにたくさん意見をくれたり『これ書くの大変だったよね…』と思うような文章を書いていただいてます。また、企画に対するアンケートも1ヶ月で200件ほど回答が集まっています」

現在、ファミケアの会員登録制のアプリがあり、約750種類の疾患のお子さんが登録しているデータがあります。医療関係者さん、福祉関係者さんと話す機会もあり、在宅や家での生活の部分ではすごく勉強になると言ってもらえているそうです。

お医者さんとは「今はこれが流行っているよ」「最近新しいの出たよ」というような意見交換も。

一般的に病院へは病気があると行く場所になっていますが、鈴木さんたちにとっての医師は少し違い、常に一緒に生活を支える支援の輪の形になっているのです。

「医療の知識は医師に頼りますが、在宅での生活改善についてはお互いに相談し合う関係です。医師は、共に課題を検討し、進めていくパートナーのような存在です」と話していました。

「ファミケアに行けば必要な情報は揃っている」という状態を目指して

ファミケアは「疾患児・障がい児家族の毎日を楽しく」ということをブランドコンセプトとして掲げています。

鈴木さんはそれに対して「楽しめる生活になるというのは簡単なことではありません。簡単にできるようなところもありますが、誰にでもできるわけではないかもしれません。その中で、困っていることを解決していく動きが大事だと思っています。育児をする中で、少しでもファミケアがユーザーにとって生活をよくするものとして使い倒してもらえたら嬉しい」と話していました。

鈴木さん自身の生活が楽しくなった経験は、ディズニーランドでした。

鈴木さんと息子さんはディズニーランドが好きで、特に息子さんはミッキーが推しです。息子さんは知的障害があり会話は難しいのですが、ディズニーランドで「ミッキー」と口にしたことが、鈴木さんにとって大きな驚きと喜びとなりました。息子さんが楽しそうに過ごす姿を見て「楽しめる」と実感したそうです。

ディズニーランドでの様子

「疾患児と聞くと、寝たきりで外出できないイメージを持たれることが多いですが、実際には違います。スキーに行ったり、呼吸器をつけてディズニーランドに行ったり、飛行機で沖縄や無人島に行く人もいます。もちろん全員ができるわけではありませんが、楽しめる方法はたくさんあります」と鈴木さん。

また、確定診断を受けたばかりの家族は「これからどうなるのか」と不安を抱えることが多いといいます。しかし「いろいろな楽しみ方があることを知るだけで、心が軽くなる場合もある。知らないことは大きな損失なので、ぜひ知ってほしい」と力強く語りました。

「うちの子に何もできないのでは…と思っていた頃から、楽しめることがあると気づけたのは大きな変化でした」と鈴木さん。家族としての日々のケアや癇癪の大変さと向き合いながらも、社会の固定観念と戦うことが課題の一つだと話します。

ファミケアの現在の活動について

ファミケアは現在、メディアやSNSを活用して企業プロジェクトやマーケティング支援を行っています。

ファミケアは今後、障がい児育児に必要なブランドとして発展を目指します。
「ファミケアに行けば必要な情報が揃う状態を目指し、ウェブサービスを拡大したい」と鈴木さんは語ります。

ファミケアサイト①

「疾患診断後の落差が大きい現状を変えたい。診断後も『こういう方法がある』と提案できるルートを作りたい」といいます。

「実際に、障がい児育児で支援が届かず、子どもが亡くなる痛ましい事件も起きています。支援がつながらなかったり、しんどい状況だったり、社会支援を受けられない状況があったりするため『何かアプローチできるのではないか?』というところを今後も考え続けていきたい」

ファミケアは「支援の検索」という新サービスをサイトでリリースしています。

現在、支援施設を探すには、自治体への電話や紙の情報をもとに手間をかける必要があります。施設が空いていない、条件が合わないなどの課題も多くあります。

それを防ぐために、サイトに全国の情報を掲載してお問い合わせや順番を待つことができるような仕組みを展開していくといいます。また、それをネット上でできるようにすることで、気軽さにもつながると考えている…と話していました。

ファミケアサイト②

息子さんに合う楽しみを見つけられなかった鈴木さんの思いが「ファミケア」設立の原点です。

ファミケアでは、制度や費用、バリアフリーの温泉、障がい児用バギーなどの情報を提供しています。これらの情報は「一人じゃない」という安心感にもつながります。こうした情報を得られることは、障がい児の育児において「一人じゃない」という思いにもつながるのではないでしょうか。

こうした貴重な情報を必要とする、障がいのある方やそのご家族の方々に届くことを願います。

この記事の写真一覧はこちら