瀬戸内海に浮かぶ人口19人の手島(香川県丸亀市)で、2023年4月に移住した古川隆さんと好美さん夫妻が”蝶々ガーデン”を開いた。好美さんが「大好きな蝶々がいつも飛んでいる庭を作りたい」と夢を語っていたら、ボランティアの輪が広がって完成した。70代で島移住の夢をかなえた古川さん夫妻は、「庭を訪れてくれる人との出会い」という次の夢を見ている。

アサギマダラが乱舞した場所

早速ガーデンに飛んできて蜜を吸うアオスジアゲハ

「好美さん、蝶々がきてるよ」。2羽のアオスジアゲハが、整備中のガーデンを舞っていた。「アオスジアゲハは、島のクスノキに卵を産むんですよ」と好美さん。4月30日、手島ではボランティア23人が参加して、ガーデン整備作業の最終日を迎えていた。

庭は多彩な植物で彩られているが、人の目を楽しませるだけでなく蝶々を呼ぶことが目的。そこで、蝶々が好む植物を多く選んだ。

”旅する蝶”として知られるアサギマダラが好きなフジバカマ、クロアゲハが好むクサギ、バタフライブッシュの異名を持つブッドレアなど。好美さんは、この庭を「てふてふ手島」と名づけた。

手島は、瀬戸内海の塩飽(しわく)諸島にある小さな島。島が繁栄していた頃を感じさせる立派な家屋が多く残る。しかし、島民の高齢化と減少が続いており、丸亀市の統計上は人口17人になった(2023年4月1日現在)。そこに古川さん夫妻が加わったかたちだ。

瀬戸内海の手島に蝶々ガーデンを作った古川好美さん

海を見下ろす島の斜面に、古川さん夫妻が住む旧ラーセン邸はある。ノルウェーの実業家が1970年ごろに建てた別荘で、一時期は大手企業の保養所になったが、2014年に古川さん夫妻が経営する会社が購入した。

敷地を整備するため島に通っているうちに、好美さんは「ここに住みたい」と思うように。鳥の鳴き声や波音など、自然の音しか聞こえない環境にいると、穏やかな気分で過ごせることが決め手になった。

「手島の住民になるなら、高齢者の私たちでも『何か貢献したい』と思ったのが、ガーデン作りの始まりです」

海を見下ろす蝶々ガーデンの全景

島に庭を作るという目標を抱いて、北海道・富良野や山梨県・八ヶ岳の著名な庭を訪ねるうちに、2人が作りたい庭の姿が浮かんだという。

「蝶々を呼ぶ庭にしよう」

きっかけは2021年10月。旧ラーセン邸の庭にフジバカマを植えたところ、アサギマダラが一度に200頭ほど飛来し、乱舞する幻想的な様子を撮影できた。「この乱舞を多くの人に見てもらいたい」。そんな思いも庭づくりの原動力になった。

造園のプロたちも参加

「秋になるとアサギマダラが乱舞する場所。とにかくいい場所だから一度来てみて」

ガーデンアドバイザーの田辺剛久さん(丸亀市在住)もアサギマダラの動画に魅了された一人。蝶々ガーデンの構想を聞いて、ボランティアで手伝うことを決めた。好美さんから「この場所で、どんなことをしたいか」を聞き出すと、そのイメージをもとに庭づくりの司令塔になった。

枕木の間から植物が顔を出すスタイルは、ボランティア参加者のアイデア

「最初は、小さな花壇程度の庭をイメージしていましたが、田辺さんの構想力でどんどん立派になっていったんです」と好美さん。田辺さんは「大きな方針だけ提示して、あとはボランティア参加者のアイデアを取り入れていったんですよ」と話す。

また、好美さんには一つだけ方針があった。それは「島にあるもので庭を作る」ということ。田辺さんも共感し、島の環境を守るために、外から人工物を持ち込まない考え方を採用した。

現地にあった石を積み上げたり、木を組んだりしてガーデンを整備。花壇の土や落ち葉は、裏山からみんなで集めた。

ボランティアの一人は「ホームセンターで材料を買えば楽ですが、ここでは全部そこにあるものを使うんです。そんな作業そのものが楽しくて、日頃は『便利』に慣れていたことに気づきました」と楽しそうに話した。

石の間に花を植えるロックガーデンのスタイルも採用

ガーデン整備は、2022年11月からスタート。月に2〜3回程度、10人前後のボランティアがボートで島に渡って作業を進めた。のべ260人の力で蝶々ガーデンが完成した。今後も少しずつ手を加えて、庭を充実させるという。

「70代になったら元気だった」

人生100年時代といわれ、シニア世代が仕事を引退した後の生き方も多様になっている。古川さん夫妻の夢は、70代のチャレンジとして多くの人の応援を受けた。

「若い頃は、『60代で何かできたらいいな』と漠然と考えていました。70代で夢をかなえるなんて思ってもいなかったのですが、面白いことに70代になったら元気だったんです。大勢のボランティアの力と私自身が健康だったおかげで、夢が実現しました」

古川さん夫妻は「一度もけんかしたことがない」という仲良しぶり。島暮らしに不安はなく、「とにかく楽しみ」という。10月にアサギマダラが飛来するタイミングで、「多くの人を楽しませたい」とイメージする。

裏山のスペースに椅子を出して「喫茶スペースとして使いたい」と構想

手島までは、丸亀港からフェリーで約90分。飲食店はない。好美さんは、自身の体力を考えてカフェの出店などは考えていない。でも、「小さなカフェやガーデニング教室など、この場所でやってみたい夢を持っている人の訪問は歓迎します」と話す。

2人が実際に住み始めるのは6月。手島に、古川さん夫妻という2つの灯りが加わる。

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