舞台『美談殺人』は日本で数少ないバリアフリーの演劇だ。バリアフリー演劇とは、鑑賞サポートを取り入れることで、様々な当事者でも分け隔てなく楽しめる演劇のことを指す。
それを実現したタカハ劇団の主宰者・高羽彩さんにバリアフリー演劇にかける思いや今後の展望などを聞いた。

バリアフリー演劇だけどっぽくない「美談殺人」

タカハ劇団は、高羽さん一人が旗揚げした個人演劇ユニットで、高羽さんは、脚本家・演出家・女優と三本柱で活動している。2021年に下北沢駅前劇場(小劇場)で高羽さんが演出・脚本・出演を担った『美談殺人』はバリアフリー演劇を実現した。

舞台『美談殺人』手話通訳者が作品に絡んで展開。(撮影:塚田史香)

今回の鑑賞サポートでは、車椅子ユーザーには場所の確保、視覚当事者には道案内のアテンドと事前説明会(俳優の声や足音、衣装の手触り、舞台の広さなどを事前共有する)を設け、聴覚当事者には、全公演に字幕サポート、また舞台手話通訳者を配置した。
舞台手話通訳については、ただの手話通訳としてではなく、物語の核心に触れるキーパーソンの登場人物として登場させた。

舞台『美談殺人』手話通訳者が作品に絡んで展開。(撮影:塚田史香)

また『美談殺人』を配信するにあたっては、音声ガイドをつけた。

手厚いサポートを実践した高羽さんの思いは「福祉を極力、意識させたくない」だった。
どういうことだろうか?
つまり、どんな人でも舞台を通し「これ、めっちゃ面白くない!?」を共有したい気持ちからだ。

観客の反応はどうだったのだろうか。
高羽さんによると「想像を上回るお客様が観劇に来て下さった」という。
健常者の反応は、びっくりした様子は無かったという。また「手話通訳者がいる舞台だ!」という感じもしなかったという。各々の当事者からは非常に喜ばれた。
全体として「普通に受け入れられた」とのことだった。

バリアフリー演劇にかかるコストと手間

舞台『美談殺人』手話通訳者が作品に絡んで展開。(撮影:塚田史香)

こう聞くと、「バリアフリー~~っていい!」と思う人がいるかもしれない。
しかし、実施するにはコストと手間が多大にかかる。
高羽さんによると、大きな声では言えないが、「諸々の準備がとても複雑」とのこと。
制作に携わる人やその他多くの手助けがあって、実現ができたという。ちなみに「美談殺人」にかかった見積もりはウン百万ほどらしい。

それでもバリアフリー演劇に踏み切った原体験(きっかけ)は?

高羽さんが通っていた小学校に「なかよし学級」というものがあった。
その学級は、「支援の必要な児童のための学級だったのではないのか?」と振り返っている。高羽さんはコミュニケーションはとりづらかったものの、彼らとは仲間としてよく遊んでいた。しかし、中学に上がると、なかよし学級にいた同級生たちとは会えなくなった。
折に触れ、高羽さんは「彼らはどこに行ってしまったんだろう…?」と気になっていた。
消えてなくなったわけではなく、どこかでちゃんと存在して、生活をしていると気付いた時に彼らのような人たちを観客にしたいと高羽さんは思い始めた。
このことから「舞台を“知る体験”ができるハブ(拠点)にしたい」と語った。
その後に、ダイアログ・イン・サイレンス(音のない世界で、言葉の壁を超えた対話を楽しむエンターテイメント)で異文化交流を体験したことでその思いが募る。いろんな児童や人と交流することはシンプルに楽しいと痛感したそうだ。

作家という在り方を見つめる

高羽さんは、作家を「社会を映す鏡」と捉えている。
そのため、“社会というものを誰よりも敏感に感じ取って、作品にする必要がある”という思いがある。

「前から気になっていて。当事者のお客さんが観客席にいないって、ちょっとあれ?おかしいな…と。言葉を選ばずに言えば、障害者を社会の構成員として見ていないことの現れではないかな、と」

以降、「物語に当事者がたとえ出てこなくても当事者を観客として認知できているか?」を己に向かって問いかけて、脚本を作るようにしているという。

お互いをリスペクトしたい

舞台『美談殺人』手話通訳者が作品に絡んで展開。(撮影:塚田史香)

バリアフリー演劇の準備を進めるにあたり、当事者や関係者との出会いで、多くの刺激を受けた高羽さん。
当事者から率直な感想を聞いた時はとても励みになるそうだ。

「可能であれば、要望を伝え続けてほしいですね!可能な範囲で応えたいと思います」

継続してバリアフリー演劇を実践していく

舞台『美談殺人』手話通訳者が作品に絡んで展開。(撮影:塚田史香)

「今は業界全体にバリアフリー演劇のノウハウがないんですよね。うちも全くわからないままやっています。でも、まず第一歩として手探りでもいい。ノウハウを培っていく。それらを蓄積し、“誰でも出来る”状態にして広めたいです」

2023年秋に公演される『ヒトラーを画家にする話』でもバリアフリー演劇を行う予定。

関わった役者たちからも、「意識がすごく変わった!」という声があがっているそう。高羽さんは今後も率先してバリアフリー演劇に取り組んでいきたいと話す。

「ゆくゆくはそういう意識を持つ方々がねずみ算式に増えて行くのでは?と思います(笑)。小さくやっていくことで、着実に多様性のある世の中に変わって行けたらと思います」

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