島根県浜田市の浜田市世界こども美術館は、海外の子どもたちも自由に参加でき、作品に賞を設けず展示する『浜田こどもアンデパンダン展』を毎年開催するなど、ユニークな美術館だ。
現在開催中のアンデパンダン展(1月14日~2月26日)の中には、西アフリカのガーナの子どもたちの絵が含まれている。ガーナの子どもたちの絵を日本に届けてくれたのは、浜田市出身で、ガーナの小学校でクリエイティブ・アートを教えている栗栖潤さんだ。

子どもたちにとって魅力的な大人になるために

ガーナに来る前、神奈川県内の小学校で教員をしていた栗栖さん。子どもの頃はとにかくサッカーが大好きな少年だった。2002年、小学生の頃にあった日韓ワールドカップでは、世界の国についてレポートを出すと試合の観戦チケットが当たる、という企画があり、オーストラリアの先住民アボリジニについて一生懸命調べてレポートを出したこともある。残念ながらチケットは当たらなかったが、海外の国に興味を持つきっかけとなったという。

サッカー少年時代の栗栖さん

その後もずっとサッカー漬けでプロサッカー選手になるために日々頑張っていた栗栖さん。プロサッカーチームのユースの選手になり、高校の時には日本一を経験し、海外遠征にも行った。だが、プロの道は厳しく、教員になろうと決心して大学に進学し、神奈川県で小学校教員となった。

教員の仕事はとても楽しかったが、同僚には自身のように新卒ではなく、様々な社会経験を積んでから教員になった人も多く、彼らの人生経験の深さ、引き出しの多さを見るにつれて、自分の語れるものの少なさが気になった。

また、教員生活の中で、子どもたちは親の影響を、そしてその次に担任の影響を、驚くほど受けることを感じていた。だからこそ、彼らの前に立つ大人が生き生きしていたり、やりたいことをやっていたりして魅力的であることはとても大事だと感じ、そういう大人でありたいと思っていた。

そんな頃、職場で仲良くしていた先輩が、JICA海外協力隊員としてミクロネシアに派遣されることになった。この先輩がミクロネシアに行った後、オンラインでつないでの授業を行う機会を得たことで、「海外協力隊」が身近なものとして感じられるようになり、自身も応募し、ガーナに行くことになった。

ガーナで生きた日本での教員経験

栗栖さんは現在、ガーナ共和国ボルタ州サウスダイ郡にあるペキチャメ小学校でクリエイティブ・アートを教えている。

クリエイティブ・アートは、日本でいうと、図工と音楽と総合的な学習が混ざったような科目で、学期毎にテーマがある。例えば1学期は歴史や文化、2学期は環境、3学期は社会問題を学び、それをどうアートにするかを考えるものだという。

葉っぱでアートを楽しむ子供たち

ガーナ国内には多数の民族がいる。共通言語は英語だが、現地語が多数存在しており、低学年の子どもたちは英語が十分にわからないことも多い。自分自身の英語力も万全とはいえない中、低学年の授業では英語では何も伝わらず、困りきったこともある。この外国人の先生はどこまで自分たちを許してくれるか、と子どもたちに試されたこともある。

それでも、ガーナの小学校では、クリエイティブ・アートの指導に専念できている。日本で、作品展の締切や、いろいろな教科の指導、授業参観に合わせた作品作り等に追われていたのとは大きく違う教員生活だ。

石を使ったアート

確かにガーナでは、日本に比べて学校で用意されている教材は少ない。しかし、葉っぱや石、花や、もらった布切れ等を使いながら、子どもたちが目を輝かせて自己を表現し、想像力や創造力を育んでいく姿を見られることに、教員として魅力を感じている。準備をしっかりすることで、言葉の壁を越えて伝わるものがあり、日本での教員経験があって良かったとも感じている。

6年生のWonderful flowerの授業にて

ガーナから地元へ届ける思い

島根県で生まれ育ち、サッカーに明け暮れた栗栖さんは、高校時代からは広島県に出て、そして神奈川県で教員になった為、地元に何も貢献できていないという思いがあったそうだ。

ガーナ派遣前、地元にある浜田市世界こども美術館に何度も通って、海外の子供たちの絵の展示をみる機会があったことなどから、ガーナからもぜひ子どもたちの絵を送り、地元に貢献したいと考えた栗栖さん。ペキチャメ小学校の児童らが描いた作品計10点を、同美術館に送ることにした。

作品の内訳は、6年生が描いたガーナのことを日本の人に紹介する作品が8点、2~3年生が描いたちょうちょの絵が1点、別の任地にいる同期隊員から寄せられた1点。できるだけいろいろなジャンルのもの、そしてガーナらしさが伝わるもの、独特の視点がありおもしろいと思うものを、現地の教員の協力を得ながら選んだ。

2~3年生が描いたモチーフが「ちょうちょ」だったことにはこんな理由がある。約20年前、高知県出身の駐ガーナ大使がいた時代に、「ガーナよさこい祭り」という祭りがはじまった。この祭りで、日本にルーツをもつ現地在住の子どもたちに日本語を教えている学校の人たちが、日本語の絵本をたくさん販売していた。そこで購入した絵本を、学校の全クラスでの読み聞かせに使うこととなった。それが「ちょうちょ」という絵本だった。

この話の中には、「ちょうちょはどこにでも行ける」「世界を遊びつくす」というシーンがあり、子どもたちに読み聞かせをしながら、「みんなもどこにでも行けるかもしれないね」と話したそうだ。

読み聞かせ中にちょうちょを指さす子供たち

そして、子どもたちがちょうちょの絵を描きたいというようになり、2~3年生が描くこととなった。「ちょうちょはどこにでも行ける」。自分たちの思いを乗せたちょうちょが、お話と同じように日本に飛んでいくこととなり、子どもたちもとても喜んでいるそうだ。

願うのは子供たちが夢をもつこと

栗栖さんはガーナに来てまだ半年。現在は現地で手に入る教材を使いながら日本のやり方を持ち込んでいるが、もう少しガーナのカリキュラムに沿った、持続可能なやり方を考えていきたいと思っている。

現地に即した魅力的でわかりやすい授業を提案することで、ガーナの教員たちが自分たちで授業をできるように支援していくことを活動の目標としている。また、自分の立場だからこそできるアートを通した国際交流を、美術館だけではなく、日本の学校とも行っていきたいと語る。

そして、2年の任期が終わった後のことはまだわからないとしつつも「ガーナで感じたこと、学んだことを授業の中で伝えていき、世界のことや多様性を伝えていきたい。自分が学んだことを、子どもたちの教育の分野で還元していきたいという思いは変わらないと思う」と、笑った。

例えばガーナだと、雨が降ったら周りがうるさいから授業をしないこともある。学校にチャイムもない。トーキングドラムという、音の強弱で言葉のように意味をあらわす太鼓を子どもが叩いて授業の時間を知らせるのだ。

「日本とは180度違う世界がある。周りを気にし過ぎず、自分も周りも、多様性を認めてほしい。違うことは悪いことじゃなくて面白いことなんだと伝えたい」と、ガーナの子どもたちに囲まれつつ、日本の子どもたちのことも思い浮かべながら語ってくれた栗栖さん。

ガーナの子どもたちにも、日本の子どもたちにも、可能性が広がっていることを伝えてくれる大人が、そこにいた。

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