聴力に問題はなく、音が「聞こえている」のに、「聞き取れない」人たちがいる。
ガヤガヤしているところで話を聞くと声がまわりの音に混じりあってしまったり、音が抜け落ちたりして、聞き取りが難しくなる特性、APD(聴覚情報処理障害)/LiD(聞き取り困難)がある人たちだ。何度聞き返しても聞き取れず、「話の通じない人」と認定され、人間関係にヒビが入る人もいるという。口頭指示や電話応対についていけず、退職に繋がる人もいるそうだ。脳の神経機能の問題などが原因との指摘もあるが、詳しい原因は分かっていない。「聞き取りにくさ」という見えない困難であり感覚的なものであることから、当事者は特性を自覚しにくい。また、診断されても知名度が低く、配慮を受けにくい。

漫画家/イラストレーターのきょこさん

「APD/LiDと分かったのは、パートとして働き始めた工場で指示をうまく聞き取れないのがきっかけでした。声と機械の音が同じボリュームで聞こえて、混じりあってしまうんですよね。他の人は、しっかり聞き取れているのに自分だけできなくて。『なにかおかしい』と思い、インターネットで探して、辿り着いたのがAPD/LiDという概念でした。『これだ』と思って、自分の中でピースがはまったんです」

こう語るのは、APD/LiDについての発信を行っている漫画家/イラストレーターのきょこさんだ。聞き取りにくさに悩み、「この環境で仕事を続けるのは難しい」と感じ、工場を退職した経験を持つ。

マンガAPD/LiDって何!?

きょこさんが聞き取りにくさに悩んでいた当時、APD/LiDの情報は少なかった。調べるにも時間がかかり、モヤモヤする時間も長かった。そのため、「もっとAPD/LiDの情報があれば、モヤモヤの解決に繋がるのに」と思うようになった。

工場を退職後、きょこさんはAPD/LiDの特性を描いた漫画をTwitterに投稿し始める。多くの反響を得ると、出版社から声がかかり、2022年8月に専門家の監修を受けながら「マンガ APD/LiD って何!? 聞こえているのに聞き取れない私たち」を刊行した。

「当事者、聞こえにくくて悩んでいる人、まわりの人にもっとAPD/LiDについて知ってもらいたいんです」

APD/LiDの特性とはどのようなものなのか?漫画を通してどのようなことを伝えたかったのか、きょこさんに話を聞いた。

「音が混じって溶けてしまう」説明しにくい特性

APD/LiDは、仕事だけではなく日常生活にも影響がある。どういったときに特性が出てくるのだろうか。

「例えば、わたしの場合、保育園での会話があります。送り迎えをしているんですが、子どもを迎えにいくついでにお母さんたちと話したりするんですよね。そのとき、車のエンジン音やバックする時の音、保育園から聞こえてくるピアノや歌声が入り混じって、会話についていけなくなることがあります。すべて同じ大きさで聞こえてしまって、耳に入る音を選択できないイメージです。わたし自身は、APD/LiDの特性があまり強くないのと細かいことを気にしない性格なので、相槌のテクニックで乗り切るのですが、話の流れに乗れないことは多々あります。発言すると、会話とズレてしまって、『え?』って顔をされることもありますね」

日常生活では、ガヤガヤするところでの雑談が多い。場の雰囲気を気遣ったり、相手のことを考える人ほど、聞き取りにくいことや聞き返すことに申し訳なさを感じそうだ。

「APD/LiDを知らないと、ただ自分が悪いとだけ思ってしまいます。申し訳なさが出てくるので、聞き返しにくくなるんですよね。繰り返していくうちに、自分を信じられなくなっていきます。ただ、原因がわかれば、安心する人もいます。そんな原因がわからなくて悩んでいる方に向けて漫画を書きました」

知名度の低いAPD/LiDそのものを知ってもらおうと漫画を書いたきょこさん。漫画の刊行を控えて、さらにAPD/LiDを広く知ってもらうために、ある方法を思いつく。それは、クラウドファンディングだ。

「こんなに仲間がいるんだと感動」目標額623%を達成したクラウドファンディング

きょこさんは、漫画を刊行した時にクラウドファンディングにも挑戦し、学校などの施設に漫画を寄贈した。

「クラウドファンディングで頂いた支援金の使い道は、学校、放課後デイサービスセンター、児童支援発達施設、図書館などへの寄贈です。多くの人に届けたいと思って、クラウドファンディングを開始しました。当事者の人たちやわたしのまわりの人も積極的に情報を拡散してくれて。『こんなにもAPD/LiDについて考えてくれる仲間がいるんだ』と感動しましたね。とても嬉しかったです」

クラウドファンディングを開始すると、予想以上に反響は大きく、目標額に対して、623%を達成。その後、寄贈を希望する施設を募り、約4か月かけて全国の施設へ漫画を配送してた。そのなかでも多かった寄贈先が、発達支援センター。発達障害のある人がAPD/LiD特性を持つ割合は、そうでない人よりも高いとも言われている。

「聞き取りの難しい子がひとりでも配慮を受けて、生活しやすくなれば嬉しいですよね」

微笑みながら語るきょこさんは、漫画を通じて多くの当事者へ伝えたいことがあったという。

「聞き取り苦手な自分を大切にしてほしい」みんなで助け合える社会へ

「特性にはグラデーションがあるので、言い切るのは難しいですが、“聞き取れない”のも自分の一部なので、『自分を認めて、大切にしてあげて』と伝えたかったんです。もちろんAPD/LiDという概念を知ることで、『この特性がある自分はやっぱ駄目なんだ……』と落ち込む可能性はあります。わたし自身も最初はそうでした。ただ、特性を知ることは、自分にとってプラスになると思うんです。客観的に自分の状態を知れることで、把握もできますし、対策もできるようになります。わたしは、ADP/LiDを知ったことで考え方が変わりました。『これも自分だからしょうがないよね』って思えたんですよね。多くの人の考え方を変えるきっかけになれば嬉しいと思います」

聞き取り困難の人たちが生きやすくなるように。今日もきょこさんはAPD/LiDの発信活動を続けている。

海外では、APD(聴覚情報処理障害)について、広義の意味でLiD(聞き取り困難)と表現する議論が進んできているといわれていることから、きょこさんは、APD/LiDという表記を用いており、この記事もその表記に準じています。

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