「泣く、怒るなどの感情表現は今でも苦手です」
名古屋市在住の絵本作家、なるかわしんごさんは親から虐待を受けた過去を持つ。「虐待をする個人よりも、そうさせてしまう社会背景にも原因がある」と語り、現在は絵本を使った虐待予防の活動に取り組んでいる。自身の経験をさらけ出しながら活動する、なるかわさんに話を聞いた。

虐待を受けた過去

「僕は未熟児で生まれたので、父はいじめられないように鍛えてやるという気持ちだったのかもしれません」

小さい頃から怒られる、殴られるのは当たり前だった。食事中に目の前に箸をつきつけられ、ビクッと反応すると怒られる。それが原因で先の尖ったものが怖くなった。

「服のハンガーや箸立てすら怖かったんです。箸立てが怖くて、ちょっと距離を置くといった感じでしたね」

父もまた、祖父から厳しく育てられていた。父は「俺はもっとひどいことをされた」と言いながら暴力を振るった。母が入ると父は余計にヒートアップするので、母もなんとかやり過ごせるようにと振舞うしかなかったのだろう。父が経営する会社の状況が悪くなったときは、暴力も悪化していった。

現在は2人の父となったなるかわさん(なるかわさん提供)

学校では父親の勧めで野球部に入る。本当は嫌だったけれど、父には嫌とも言えなかった。自分の感情を押し殺し、父に言われる通りの選択をしてきた。

「大学では心理学にも興味がありましたが、就職に有利だと思って経営学を選びました。ちゃんと就職して、まっとうな道に進まないといけないと思っていたんです」

絵本作家になりたい

大学卒業後、商社に就職。しかし、過酷な働き方に耐えられず1年で辞めてしまう。何もやる気が起きず、本を読んだり登山したりして過ごしている間に「自分が本当にやりたいことはなんだろう?」と考えるように。

「小さい頃、母親に絵本を読んでもらっていたシーンが何度も浮かびました。その意味はわからなかったけど、きっと僕にとって大事なんだということだけはわかった。それで絵本を描ける人になれたらいいなと思ったのが原点です」

3歳くらいの頃、枝で地面に絵を描いているのを見た母親が、大きなホワイトボードを部屋につけてくれた。美術の授業でも成績はよく、賞を取ることも多かった。

6歳頃の時に描いていた絵(なるかわさん提供)

「絵を描きたい」と思ったなるかわさんは、当時書いていたブログに挿絵を入れることから始める。次第に絵本を自作し、知り合いのパン屋で個展を開くようになった。

「絵本の知識も何もなかったので、ひどい内容だったと思います。でも僕は人に恵まれていて、誰も否定しなかったし、応援して絵を買ってくれる人もいた。本当に感謝しています」

転機となったのは、知り合いの勧めで参加した東海若手起業塾。

「面談のときに『自殺防止や子どもに関する活動がしたいんです』と言ったら『なんでそれがやりたいの?』と聞かれて。そこで『父親から虐待を受けてました』ってはじめて人に言えたんです。両親は虐待だとは思っていなかったし、それまでは僕も『虐待』という言葉を使ってはいけないと思っていたので」

カミングアウトしたことで自分の方向性が定まった。虐待予防の活動をすること。そしてメンターの一人、介護保険制度のモデルとなる仕組みを作った石川治江氏から「一緒にプロジェクトをしよう」と声をかけられた。

絵本を使って虐待予防活動に取り組む

こうして始まったのが「子はたからプロジェクト」だ。出来上がったのは「せりふのない絵本」。絵本には自由に絵を描いてもいいし、親子で一緒に工作ができるようにもなっている。現在はこの絵本を使って各地で親子向けのワークショップをしている。

せりふのない絵本

「絵本はあくまでもツールです。育児ってすごく大変じゃないですか。大変で困っていても、頼れる人が誰もいない、親が孤立している状況が問題だと思っています。だから、民生委員や保健師がやっているサロンで、この絵本を使ってもらって親子向けワークショップをしています。知らない人には相談しにくいけど、顔を知っていれば『あの人なら』と困ったときに頭に浮かぶかもしれませんよね」

親が地域のコミュニティとつながることが助けになり、虐待予防につながる。絵本の巻末には、自治体や子育て支援団体などの情報を書き込むページもある。

ワークショップの様子(なるかわさん提供)

なるかわさんが顔を出して虐待予防活動に取り組むことを、両親はよく思っていなかった。しかし活動を始めて数年たった頃「どう言ってもらってもいい。お前のやりたいようにやれ」と、父は言ってくれた。

「昔は父が憎かった。でも虐待をしてしまうのは、社会背景にも原因があることも知りました。今は父を憎んではいません。それよりも虐待せざるを得なくしてしまう社会や環境を変えたいと思っています」

なるかわさんは今後虐待だけではなく、広く社会のための活動をしていきたいと語る。

「経済資本主義一辺倒な社会の弊害で、虐待が起きてしまう側面があると思います。人がつながり、顔の見える範囲で助け合える社会にしていきたいです」

この記事の写真一覧はこちら