40代で配属された市役所農林水産課で農業の魅力にハマり、退職後の2021年3月、合同会社「AKIAGRI(アキアグリ)」を設立した藤井明子さん。「忙しい農家の助けになれば」と、農業分野に特化した補助金申請やオンラインショップでの新たな販路拡大など、“農家の助っ人”として奔走しています。

連島レンコン農家のピンチを救う

この日は、藤井さんが顧問を務める倉敷市の連島(つらじま)レンコン農家「浜田農産」を訪問しました。レンコンは3月から6月にかけて作付けのシーズン。のびのびと育ち始めたレンコンの葉が風に揺れていました。レンコンはこれから成長段階に応じて夏レンコン、さらに主力商品の冬レンコンとして出荷予定です。

ミネラルが豊富な粘土質の干拓地を利用して、明治時代から栽培が始まった連島レンコン。歴史ある岡山のブランド野菜の一つです。

約40年前に、父親が始めたレンコン作りを兄弟とともに引き継ぐ浜田千誉さん。藤井さんと千誉さんの出会いは、2020年7月のコロナ禍でした。
「飲食店が軒並み休業し、さらに学校給食までなくなり、農協への出荷も激減。価格が暴落し農家はどこも大打撃を受けました」と千誉さん。そのままにすると畑が傷むため、泣く泣くレンコンを掘り出したと話します。

地中深くまで成長する連島レンコン。他県のようにポンプを使った収穫ではなく、鋤を使って一本ずつ丁寧に手作業で掘り起こします(提供:浜田農産)

期限が迫っていた農林水産省の補助金申請のため、紹介されたのが藤井さんでした。「農業分野でも、国や県、市からさまざまなコロナ関連補助金が出ていたのですが、困っている農家まで十分に情報が行き届いていませんでした。団体で申請しなくてはならなかったので、急遽、近隣のレンコン農家数軒に掛け合い、協議会を立ち上げました」と藤井さんは振り返ります。
レンコン農家の窮状を救うため、藤井さんの公務員としての知識や経験が役立った瞬間でした。

圃場の前で、浜田千誉さん(左)と藤井さん

その後、浜田農産はAKIAGRIと顧問契約し、経営や戦略面などで、藤井さんからアドバイスを受けています。
今、千誉さんが最も力を入れているのが、加工によって付加価値を高めるレンコンの6次産業化。藤井さんとともに、ダイスカットした冷凍レンコンの可能性を探っています。

色白の連島レンコンは、肉質が柔らかく粘り気があるのが特徴。「梨のような歯ごたえ」と藤井さんが表現するほどサクサクした食感も。(提供:浜田農産)

農業と出合い固まった決心

藤井さんは岡山大学法学部を卒業後、岡山市役所に入所。これまで障害者福祉をはじめ、教育委員会、産業廃棄物最終処分場の建設など7つの部署を経験。「部署が変わるたびに転職するイメージです。毎度、最初は名前も制度も分からないゼロからのスタート」と笑います。そして45歳で、農林水産課に配属。米や麦をはじめ、野菜、果樹、畜産までを担当し、転作の相談や補助金申請の審査などを経験します。
それまで農業と縁もゆかりもなかった藤井さん。
自然と力強く向き合う農家と関わり、カルチャーショックを受けたといいます。
「台風など自然災害や害虫など、自分ではどうすることもできない自然を相手にする農家の人たち。うまくいかなくても決して腐らずに乗り越えていく懐の広さ、寛大さを目の当たりにしました」
藤井さんは次第に「農業に専念したい」と決意を固めます。
農林水産課で5年働いた後、藤井さんは27年間勤めた市役所を退職。行政と生産者の架け橋になることを目標に新たなスタートを切りました。

4月、岡山市南区にあるハトムギの圃場で、国定農産の国定豪さんと(提供:AKIAGRI)

藤井さんは、会社設立後1年で、連島レンコンをはじめ、シャインマスカット、インディカ米、玉ねぎなど13の農家・農業法人と顧問契約を締結。また、農家から要望があれば、案件ごとの相談にも乗るなど、生産者の良きアドバイザーとして奮闘しています。

「若い農業者の助けになりたい」

藤井さんは生産者のもとへ足しげく通い、季節ごとの変化を見守ります。また、農作物の魅力を最大限に引き出す調理法や新しい食べ方を研究。生産者と共有しています。
「農家の方々は本当に勉強熱心です。農業は、天候や土壌のPHといった知識だけでなく、農機具など機械に関する知識も必要です。こちらも必死に勉強して専門性を磨いていかないと話が通じません」
そして、現場を訪ねるたびに、景観の美しさに癒されて、力をもらっていると話します。

7月頃になると、浜田農産の圃場ではレンコンの花が次々と咲き乱れます(提供:浜田農産)

「今は若い人たちが農業に参入するには、農機具の購入など初期投資に非常にお金がかかります。インターネットで農作物を販売しようとしても、忙しい農作業のかたわら、受注から発送、決算まで自前で運営するのは至難の技」と藤井さん。
その受け皿の一つとして、藤井さんは、AKIAGRI独自のオンラインサイトを立ち上げ、そこで契約農家の農作物の魅力をPR。オンラインでの販路の可能性を探っています。

農家の高齢化や担い手不足など、農業を巡る問題は山積しています。さらに、昨今の原油価格高騰や資材や肥料のコスト上昇も生産者に追い打ちをかけます。
「岡山だけでなく、全国的に農家はどこも同じ問題を抱えています。簡単には価格転嫁しにくく、現在のシステムは農家が儲かりにくい構造になっている。収入も安定しにくい。若い人たちが農業をやりたいと思えるような構造を作っていきたい」
行政と農家の架け橋となり汗をかく藤井さん。これまでに培ってきた公務員同士の横のつながりを生かしながら、日本の農業の未来を支えるためオールジャパンで知恵を出して、取り組んでいけたらと話しています。

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