いま教育界でホットなキーワードといえば「探究」。2022年度から全国の高校で「総合的な探究の時間」が始まっているほか、中高生の探究型プロジェクトが続々と出現している。
香川県三豊市は2021年度から、現役大学生の力を借りて部活動スタイルで探究を展開。カリキュラムを開発しているのは、慶応大学4年の田島颯さんで、この活動のために三豊市内に住んでいる。田島さんと中高生たちの探究活動を覗いた。

「ワクワクすること」が探究の根源にある

「みとよ探究部」は学校横断型の部活動で、三豊市教委が主催して2021年9月にスタートした。市内の中高生なら誰でも参加でき、自分自身の好きなテーマを設定してプロジェクト形式の探究に取り組む。運営は、市が一般社団法人社会創発塾に委託。田島さんはそこから派遣された部活動顧問のような立場で関わっている。探究経験と研究が豊富なことから抜擢された。

2022年3月13日、三豊市危機管理センターで開かれた「みとよ探究部」1期生の成果発表会。

「半年間、みんな自分たちがワクワクすることに向き合って活動してきました。今日のプレゼンで探究が終わるのではなく、今後も続いていきます」

カジュアルなパーカー姿の田島さんが挨拶すると、中高生7人の晴れ舞台がスタートした。

生徒の持ち時間は、プレゼン7分、質疑5分だ。生徒がそれぞれの探究成果を山下昭史・三豊市長ら地域の大人に発表した。元文部科学副相で東京大学大学院・慶応大学の鈴木寛教授も駆けつけた。緊張感たっぷりの発表会である。

みとよ探究部のワークショップ風景。みんな真剣そのもの(提供)

高校2年(当時)の原諄多さんが、プレゼンのトップバッターに立った。仕掛学という学問の存在を知り、「同世代の課題を解決できる楽しい仕掛け」をテーマにした。誰もが思わずやってみたくなる仕掛けを考えて、課題解決に役立てたいと発表した。

会場の大人からは「同世代が問題だと思っていることは何ですか」と質問があり、原さんは「勉強のことばかり考えています」。目の前の勉強から離れて、地域のことを考えてもらうために仕掛学の発想を使っていきたいという。

フィールドワークの成果を説明する原さん(左)と見守る田島さん

生徒7人のプレゼンには様々な質問が飛び出したが、誰もがよどみなく回答。リラックスしているようにも見えた。そんな姿に田島さんは、手応えを感じた。「好きなテーマを選んで主体的に取り組んだので、しっかり答えていました。想像以上に成長した姿でした」と振り返る。

生徒からは「自分にも積極性があることがわかった」「周りに打ち明ければ、意外と助けてもらえるとわかった」などの感想があった。保護者からも「とにかく楽しそうにやっている」という声が寄せられた。

いまや大勢の観光客で賑わう父母ケ浜でも探究活動(提供)

カギは身近な課題と学びの個別最適化

「みとよ探究部」は、地域に根ざしたテーマを大切にしており、関わった大人は20人ほどに及ぶ。大人を案内人に招いて、フィールドワーク「まちあるき」も実施。身近な課題に気づいてもらい、同時に自慢できる地元の長所を知ってもらう狙いだ。大人からは、その人だから語れる様々な思いも聞いた。

もう一つのポイントは、個別最適化。生徒ごとにテーマが違うので、学びの速度も内容もみんな違う。東京と沖縄の大学生メンター4人に参加してもらい、1対1で伴走する体勢にした。フィールドワーク以外はオンライン活動とし、進行管理や連絡調整もオンラインツールを使った。田島さん自身も、大学の授業はオンラインで受けている。

恩師の鈴木寛教授と三豊市内を回った(提供)

鈴木教授は田島さんの恩師でもあるが、三豊の事例を「全国でも成功している探究」と評価する。初年度を踏まえ、三豊市と鈴木教授のゼミは協定を結び、2期生からサポートを強化。そのサポートメンバーに1期生だった学生もいる。早くも先輩が後輩を支援するサイクルが芽生えた。

大きかった先輩の存在

実は、田島さんが順調に活動できた背景にも、先輩の存在があった。地域おこし協力隊員で、三豊市教育センター長を務めている小玉祥平さんだ。小玉さんが「教育改革の土壌」を耕し、市役所内や地域と接点を持っていたため、大人の協力が不可欠な田島さんのカリキュラム開発も困難なく進んだ。小玉さんはカリキュラム監修に参加している。

パソコンを持ち出して小玉さん(左)と打ち合わせ

小玉さんによると、「みとよ探究部」は部活動の人材不足という悩みの解決策でもある。

「三豊市内は特に文化部が少ないんです。そこで、学校横断的な文化部として発案したのが、みとよ探究部です」

2期生からはプログラミングを学んで、実際に使っていく場面も導入する計画だ。5月いっぱい部員を募集している。

「トップダウンではうまくいかない」と三豊に

それにしても、なぜ田島さんは三豊市の教育に参加したのだろう。

「教育政策って、どれだけ素晴らしくてもトップダウンでは上手くいかないんです。探究は新たなチャレンジなので、成功事例を作ることが大切。東京からメッセージを送るだけじゃなく、中高生と目線を合わせて一緒に取り組んでみようと」

父母ケ浜でいろんな思いが爆発した(提供)

そして、見えたものは「三豊は人を魅了する」だった。生まれ育った東京都内にはない、豊かな自然が新鮮だからだけではない。高齢化が猛スピードで進む地域のことを考える経営者や、好きなこと・得意なことに取り組む移住者たち。行政も含め、プレイヤーが豊富なところが魅力だという。

「教育は効果が出るまでに、時間がかかります。1年、2年ではなく、落ち着いて取り組んでいきたいです」

颯(はやて)という名前の通り、田島さんの周りに新しい風が吹いていた。

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