大阪市天王寺区にある「ジオラマ食堂」。ここでは、鉄道模型のジオラマと数匹の猫たちを見ながら食事ができます。店主さんは、ジオラマや猫たちの様子をSNSやYouTubeで公開しており、微笑ましい動画が注目を集めています。なかでも、Twitter(@officia86839977)で8.6万件以上のいいねをつけているのが、走る電車の行く手を遮る猫を、電車側から見た動画。猫が手で「ぺシン!」とたたきます。

なぜ猫とジオラマがコラボレーションすることになったのかを店主さんに聞いてみると、店主さん自身も「自分で話していて嘘かと思う」と表すような話を聞く事が出来ました。

電車をとめるトム(提供写真)

ジオラマ食堂開店からコロナによる打撃

ジオラマ食堂の開店のきっかけは、今は他界した店主さんの妹の遺言だったと言います。店主さんがジオラマ好きだったことから勧められたそうです。ジオラマには、子どもが多く集まってきた経験から、保育園や学童保育などの子ども施設と併設して、2005年からジオラマ食堂を運営することになりました。何年か試行錯誤を繰り返しながら、ようやく軌道にのりそうな時にやってきたのが新型コロナウイルスでした。

「最初にコロナの感染が広まった時は、たくさん人が(保育園や学童保育に)登録しに来ました。ところが、テレワークを企業が推進するようになった時に、1週間ごとに10人ぐらいずつ(子どもが)減っていきました。その後、2段階登校(※)になった時、保育士や児童指導員の専門職員が(業務が多忙で)『こんなしんどい仕事は辞める』と言って、辞めていきました。それに加えて、ジオラマ食堂も、開店出来なくなりました。家賃、給料の支払いが遅れて、これは事業継続不可能というところまで追い込まれました」
(※)午前と午後に生徒を分けて学校に通わせる

猫との出会い

店主さんは、事業継続を諦めていたそうです。そんな時、スタッフが食堂玄関でビショビショになって倒れている子猫を見つけました。『シンバ』という猫でした。

保護されたシンバ(提供写真)

とりあえず、店の中で保護することにした店主さん。シンバはまだ生後10日程でした。換気のためドアを開け放していたため、シンバの鳴く甲高い声が店の外まで響きます。そうすると、1匹の親猫がドアのそばまで来るようになりました。この猫が、現在もジオラマ食堂にいる『サラお母さん』です。

船を止めるサラお母さん(提供写真)

シンバの兄弟も離れた所にいました。保護団体から子猫であれば譲渡先を見つけられると提案があったそうですが、子ども施設の保護者からの援助もあり、4匹の猫を店で保護することになりました。

「普段だったら保護していなかったかもしれません。その時コロナで家族離れ離れになっていた話を聞いていて、『家族が離れたらあかんやろ』と思ったんです」

ある日、保護した猫たちが、店の中で楽しく遊んでいたので、放したまま帰ろうということになったそう。次の日、店主さんが店に行くとジオラマが全て破壊され、街が粉々になっていました。

「長年かけて作った部品が粉々になっていて、何してくれてんねん。という感情になったんですけど、家族で一緒にジオラマの山を追っかけていく猫の様子があまりにも面白くて、仲間内に知らせるつもりで写真を撮ってSNSにあげました。そうすると、たくさんいいねがつきました」

その時は、バズったらどうなるのかピンとこなかったという店主さん。SNSは1か月で止めるつもりでした。

「動画を出すたびに『癌マーカーが下がるぐらい癒された』とか『肺癌で戦ってるけど通院する前にこれを見たら元気になった』や『コロナで入院してるんですけどようやくこれを見て元気になりました』というコメントを見たら、止めれなくなったんですね」

トンネルの中から猫パンチ(提供写真)

保護猫の活動

その後、サラの親戚猫が見つかり、店にいる猫が9匹になったのと同じ時期に、保育園や学童保育施設の児童数の減少により、空き教室が出来ました。どうせ場所が空いているならと、猫のホテルを作ってそこで保護猫シェルターの活動をしようと考えたそうです。当時、その活動をする資金はありませんでしたが、クラウドファンディングを募ると、200万円の資金が集まりました。

「サラお母さんみたいな猫を一匹でも多く救いたい。猫に恩返ししたいと思ったのが一番の理由でした。」

『自動切替線路に驚きを隠せないアナログの猫たち』(提供写真)

こうして始まった、猫とジオラマのコラボレーション。SNSやメディアによって店の名前が知られるようになり、ジオラマ食堂に客足が増えてきました。また、YouTubeの登録者も増えていきました。1匹の猫との出会いが、保護猫活動につながり、結果として、苦しかった食堂の売上がV字回復するまでになったのです。

現在は、ほとんどがジオラマ食堂の飲食の売り上げから、保護猫活動の費用を捻出しています。

「ありがたいことに、猫のご飯は全国の皆さんが送ってくれるんです。私自身、こういう事(1匹の猫を助ける)から会社がV字回復するという事が起こるなんて、嘘みたいな話やと思うんです。本当にありがたい話です。会社が悪い状況になって嘘をつく事や逃げる事を考えたこともありました。しかし、このコロナを経て、気づかせてくれたことがいっぱいありました。会社がグラグラになって悪い状況でも、仲間とか命を大切にするという事を心に置いていたら、こんな事もあるんだと。今の状況は、口だけじゃなくて猫のおかげだなと思いますし、そして何より今までつながってくれた人間関係のおかげだなと思うんです」

『2番線トムが入ります…』(提供写真)

取材を終えて

店主さんの話の中には、「あの人がこういう時に、助けてくれたから恩返ししたい」「こういう困っている人に会ったから、この事業を始めました」という話が何度も出てきました。店主さんの目の前の人や動物を助けたいという気持ち、そしてその行動力に、人も猫も人も惹きつけられるのかもしれません。

今年7月には、和歌山県白浜町のホテルで、新しくジオラマ食堂と保護猫の施設をオープンさせることになったそうです。今後も、店主さんの愛ある取り組みに注目していきます。

線路をふさぐ猫(提供写真)

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