自由な感性で、絵を描くように作品を作る刺繍作家、宮内愛姫(あいこ)さん。インドの技法を取り入れながらも、枠にとらわれない独自の刺繍スタイルはどうやって出来上がったのか。刺繍に出会ったきっかけや、インドの村に飛び込んでいった話などを聞いた。

「何か」を見つけるための旅

愛姫さんが刺繍に出会ったのは24歳のとき、約2年におよぶ長い旅の途中にあった。

「何か自分が集中できるものを見つけたい」

そう思いながら、今の夫と一緒に世界を旅していた愛姫さん。旅は中国から始まり、インドへ。絵を描いたり、ヨガをしたりしていたが「何か違う」と思っていた。

夫との旅 チベット・カイラス山

北インドのリシケーシュで半年ほどヨガをしていたとき、知り合った日本人女性にチェーンステッチを教わる機会があった。教えてもらったチェーンステッチで、その日の夜中まで夢中でハスのデザインを縫った。

※チェーンステッチ 仕上がりがチェーン(鎖)のように見える基本的な刺繍ステッチの一つ

「私がやりたいのはコレだ!と、そのときハッキリわかったんです。それで、インドで刺繍が有名なところをガイドブックで調べたら、グジャラート州のカッチという場所が出てきた。ヨガをするために部屋も借りていたけど、いてもたってもいられず、すぐにカッチへ向かいました」

村に飛び込んで刺繍を学ぶ

愛姫さんが西インド・カッチ地方を訪れたのは、2007年。当時は観光客もほとんどおらず、外国人が泊まれそうなホテルも食事ができる場所も少なかった。愛姫さんは現地で買った地図だけを頼りに、バスで刺繍ができそうな村へ向かった。

「何も情報がなかったので、ただひたすら『刺繍を学びたい』と周りの人に聞いてまわりました。知らないおじさんにバイクで村に連れていってもらったり、初めて会う人の家に泊めてもらったりしながら、ひたすら探したんです。言葉も通じないので、全部身振り手振りで飛び込んでましたね(笑)」

そうして探し回っているうちに、女性が何人か集まって刺繍をしているところにたどり着いた。言葉も通じない、突然やって来た不思議な日本人。最初は誰も教えてくれなかった。それでも愛姫さんは刺繍しているところを横で観察し、夜ホテルに帰ってから練習する。そんなことを1週間ほど続けた後、やっと一人の女性がミラーワークを教えてくれた。

※ミラーワーク 鏡片を縫いとめるインドやパキスタンに見られる技法

刺繍をする村の女性

刺繍に込められた思い

カッチで刺繍をしているのは、もともと遊牧民だった少数民族の人々。ミラーワークは魔除けの意味合いもあり、刺繍は家族を守るために作られることが多い。

「彼らはただの布きれに刺繍することが多くて。すごい作品でも土台の布が粗末なこともあって、もっといい布だったらもっとすごい作品になるのにもったいない!と思ったこともたくさんありました。でも、カッチの人にとって刺繍は作品ではなく、あくまでも生活の一部なんですよね」

刺繍を学ぶ愛姫さん

自分の娘や家族のことを思って、刺繍をする。彼らの刺繍からは「感情」が伝わってきた。

「ボロボロの布に刺繍するからこそ、そこに込められた思いが浮き彫りになるような感じがしたんです。ただの布切れに刺繍を施すだけで宝物に変わる。針と糸の力に感動しました」

愛姫さんはカッチに1か月ほど滞在し、村をまわりながら刺繍を学んだ。なかにはとても貧しい村もあった。それでも人々は刺繍をし、誰かを思って針を進めていた。

「感情を乗せる」愛姫さんの刺繍

愛姫さんの作品

愛姫さんの刺繍はインドの技法がベースにあるが、今はオリジナルのスタイルを確立している。刺繍をするときに思い描くのは、絵やイメージよりも「感情」だという。

「私は絵をイメージして作り始めても、全然その通りにならなくて。それよりも、そのときの感情を乗せている感じなんです」

海をイメージした作品を作ったときは、海そのものを思い描くのではなく「海に潜ったときの感動した気持ち」を思い出しながら作った。

「海の中にはサンゴや魚など、たくさんの色彩があって。それを見て、わ~っと感動した気持ちがある。できるだけその感情に近いものを刺繍で描きたいと思っています」

海をイメージした作品

そんな愛姫さんが主宰する教室「縫うの時間」は、モチーフや決まりなどは一切ない。基本のステッチだけ教えて、あとは生徒の自由に好きなものを縫ってもらうスタイルだ。

「『縫うの時間』で伝えたいのは技術じゃないんです。私が感情を乗せるように、その人それぞれのなかにあるものを出してほしいと思っています」

今まで何百人もの人に刺繍を教えてきたが、一人として同じものを作った人はいないという。「自分がこんな刺繍ができるなんて思っていなかった」と驚く人も多い。

「自由に楽しんで刺繍することで、自分のなかにもともとあったものが出てくるんじゃないかな。そういう新しい発見ができる教室になればいいと思います」

縫うの時間 色とりどりの糸を並べて生徒さんを待つ

愛姫さんは現在、生後半年になる子どもの子育て中。滋賀県の緑に囲まれた家で、家族と2匹の猫とともに暮らしている。子育てがもう少し落ち着いたら、自宅で教室を再開したいという。子どもが生まれたことで、愛姫さんの感性にも変化があった。これからどんな作品が生まれるか楽しみだ。

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