「孤独なときも、つらいときも、不良の道に一瞬だけ足を踏み入れてしまったときでさえ、ずっとそばにいてくれた。猫は家族であり、人生の恩人で、かけがえのない存在だった」
猫と暮らす日常のあたたかな空気を写真の中に収め、「命の重み」と「共に生きる幸せ」を世の中に発信している『猫写真家』の安西政美さん。活動の原点は、子どもの頃から大人になるまで26年間を共に過ごした猫の存在だったという。
現在、コロナ禍によるペットブームが起きている一方で、人間の都合によって飼育放棄される動物も増えている。猫を深く愛し、その命の重みを考え続けている安西さんに、昨今のブームについて考えることや活動への思いを聞いた。

保護猫の撮影から始まった、猫写真家のキャリア

現在は「人と暮らす猫」というテーマで写真を撮影している安西さん。もともとは施設に保護された猫の里親募集で使用する写真の撮影からキャリアをスタートした。

活動を始めたのは、2018年のこと。現在共に暮らす2匹の猫との出会いがきっかけだった。1匹はペットショップで”最終セール”として売られていた猫で、もう1匹は劣悪な環境から保護された猫だった。

安西さんの自宅でのびのびと暮らす2匹の猫(C)猫写真家 安西政美

「ペットショップで売れ残り続けた猫は、どうなってしまうのでしょうか。人間にたくさんの愛情を注いでもらい、幸せに生きていけるのか分かりません。保護猫は治らない病気や交通事故の後遺症を持っていたり、高齢だったりするために、引き取り手が見つからない状況があります。命がとても軽く扱われている現状に対して、私も何かしたい。そう思ったとき、猫たちの温度感や表情を伝えられる写真を撮影できたらいいのではと考えるようになりました」

保護猫は施設のサイト上で里親を募集していることが多いが、載っている写真はその猫ならではの可愛らしさや魅力がほとんど伝わってこないと感じていた。

「保護猫たちもきちんと写真を撮影してあげれば、引き取り先が見つかりやすくなるのではと考えたんです」

飼い猫であれば10年以上生きられることが多いが、劣悪な環境にいる猫は2~3年で死んでしまう。だからこそ、保護された多くの猫たちにあたたかな”おうち”を見つけてあげたい。安西さんは強い使命感を胸に、写真の技術を独学で身につけていく。

何千枚も撮り続け、独学で身につけた撮影技術

安西さんの写真は、やわらかくあたたなか光の中で猫の自然な表情を引き出したものが多い。今すぐに撫でたくなるような、ふわふわとした毛並みを捉えているのも特長だ。

現在の作風に落ち着くまで、10冊以上の本を読んでは、技術や機材を1つずつ試していくことを1年近く続けた。1つの構図やワンシーンを1000枚以上の写真を撮って練習したこともあるという。

「猫のあたたかい温度感を写真に収めたかったんです。目指す表現に必要なものはすぐに試して、とにかくトライ&エラーの繰り返しでした。約1年間、来る日も来る日も写真の勉強をしていましたね」

1年近く勉強して、猫のふんわりとした毛並みと優しい空気を表現できるようになった(C)猫写真家 安西政美

作風が確立してからはTwitterやブログでの発信も始め、新たな道が開けた。Twitterで受け取ったメッセージをきっかけに横浜の画廊で展覧会に参加し、単著の書籍も全国出版することができたのだ。

「2020年に出版した本は、ただ猫の写真を楽しむのではなく、家族として一緒に暮らしたいと思ってもらえるように自作の詩も添えました。多くの方に反響をいただき、猫と生きることを考えるきっかけにしてもらえたようです。最近はまた新しい本を出すために動き出しています」

2020年に出版した書籍『猫は家族(みらいパブリッシング)』

猫は人生のパートナー

猫に深い愛情を注ぎ、情熱を傾けるのには理由がある。小学生から飼い始め26年生きた猫に、家族のような心の結びつきを感じたからだ。複雑な家庭に生まれ、学生時代の多くの時間をいじめられて過ごした。常に孤独だった自分に、かつて飼っていた猫はいつでもそっと寄り添ってくれた。

「猫は、私の人生の恩人です。小学校2年生から中学3年生までいじめられていて、自殺を考えるほどつらかった時期もあったんですね。でも、家に帰れば猫が『にゃーん』と足元に寄って来てくれる。大きな心の支えでした」

猫の存在が、大きな心の癒やしであり、支えだった(C)猫写真家 安西政美

その後、高校に入学して空手を始めた安西さんは、肉体的に強くなり、これまでのうっぷんを晴らすように家でも外でも暴れまわった。

「変に錯覚してしまったんです。自分は武道を身につけて強くなったから、人間としても強いんだって。ずっと我慢してきたから、家の中でも暴れました。『家族のせいで自分は苦しんだ!』って吠えながら、家をめちゃくちゃにして。そんな風に変わってしまった自分でも、飼っていた猫だけは変わらずそばにいてくれて、心のよりどころになっていました」

そんな安西さんに転機が訪れる。18歳の頃に椎間板ヘルニアを患って長く入院し、価値観が大きく変わった。看護師になりたいという目標もできた。

「看護師さんは嫌な顔一つせず、普通は嫌がるような排泄の世話までしてくれる。その姿に人間の真の強さを感じて、私も困っている人を助けられるようになりたいと思ったんです。退院後は心を入れ替えて病院で働きながら、看護師の資格取得に向けて勉強を始めました。辞めたいと思うほど大変だったこともあるのですが、そのときも猫がそばにいてくれたから、癒やされて頑張ることができました」

人生のさまざまな場面で、猫がそばにいた。だからこそ、安西さんは猫を人生のパートナーだと考えている。

動物たちと幸せに生きる方法を考え続けることが大切

動物の命の重みを改めて認識し、共に幸せに暮らせる社会の実現を考え続ける(C)猫写真家 安西政美

そんな安西さんに昨今のペットブームについて聞いてみると、売る立場の人も飼う人も、命を取引している責任の重さを改めて考えてほしいと語ってくれた。

「現在のペットショップの仕組みは、本当に簡単に命の取引ができてしまうなと思っています。ペットショップは売ってしまえばその猫とは無関係になりますし、私たちもお金を出せばすぐに飼えてしまう。そうやって軽く手に入ってしまうからこそ、思ったよりも世話が大変だったとか、飽きたといった理由で過酷な環境に放たれる猫がいるのだと思うんです。動物の命を扱う仕組みと責任の重さを改めて考えることが必要なのではないでしょうか」

猫と人のあるべき姿についても聞いてみると、保護猫や飼い猫の写真を撮り続けてきた安西さんならではの考えを教えてくれた。

「猫と人間は本来違う種族で、大昔は全く違う環境に別々に住んでいました。でも、その2つの種族が現代で縁あって一緒に暮らしている。それは本当にすてきなことだと思います。人間は知識と知恵があるからこそ、豊かな暮らしを実現させてきました。その知識や知恵を、動物たちと一緒に幸せに生きる方法を探すために使えたら、もっと地球にやさしい社会になれるのではと思います」

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