岡山県奈義町に、町内外のさまざまな施設で、奈義の話し言葉で民話を語り続ける女性たちがいます。「なぎ昔話語りの会」のメンバーです。

昔話や民話との出会い

代表をつとめるのは、入澤知子さん。奈義町に生まれ育ちましたが、進学や就職のため長年県外で過ごしてきました。民話を語り継ぐ活動に興味を抱いたのは、約30年前にUターンしてきたことがきっかけでした。

約15年間、仲間とともに幼稚園や小学校、福祉施設等で民話を語る活動を続けている

「奈義町に戻ってきた当初は、田舎暮らしの不便さと窮屈さに少し困りました。進学や就職で、20年以上離れて生活していましたから。でも、奈義町に戻ってきて、この美味しい空気を味わい、四季の移り変わりをダイレクトに感じられる環境の中で生活する素晴らしさを改めて感じました。ふるさとの温かさと豊かな自然、歴史や文化に触れる中で、子どもの頃、かわいがってもらっていたお医者さんが残されていた民話や伝説に興味をもったんです。この素晴らしい自然環境を残すと同時に、この土地で生まれ、受け継がれてきている民話も残していかなければと感じるようになり、民話にはまりました」

コロナ禍でも語り続ける

約1年半ぶりに開催されたという高齢者施設での語りの会では、マスク越しに目やジェスチャー、声のトーンを変えながら、参加者に民話を語るメンバーの姿がありました。

「むかーしな、ある村に気立てのえぇ、娘さんがおったんじゃって……」と奈義のはなし言葉で語られる民話に、参加者もイメージを膨らませながら、どんどん引き込まれていっている様子でした。

耳を傾けていた参加者たちも「昔話はいつ、何回聞いてもいいですな」「なつかしいなぁ。聞いたことある話じゃったわ」「先がどうなるか楽しみじゃ」などと笑みをこぼしながら、感想を述べていました。

今も生きている巨人「さんぶたろう」

入澤さんによると、奈義町には500以上の民話が残っているそうです。その民話の中で最も有名なのが那岐山麓一帯を中心に語り伝えられる巨人伝説「さんぶたろう」です。

「さんぶたろう」イメージ画/イラスト提供:岸本聖史

さんぶたろうが生まれたと言われる奈義町には、さんぶたろうを祀る神社やゆかりの地などが数多く残されています。那岐山から吹き下ろす大風「広戸風」や那岐山麓一帯の肥沃な黒土「くろぼこ」、麓に点在する巨石群など、さんぶたろうのお話とゆかりがあるものがたくさんあります。

さんぶたろうの頭部を祀られているという三穂神社 別名「こうべさま」(奈義町関本地区)

「なぎ昔話の語りの会」のメンバーは、活動を続ける中で、「さんぶたろう」の資料集づくりに力を入れてきました。また、幼稚園や小学校での民話の語りでは、必ず「さんぶたろう」を取り上げるため、奈義の子どもたち誰もがこのお話を知っていると言っても過言ではないそうです。

「なぎ昔話語りの会」のメンバーも制作に関わった「さんぶたろう」のリーフレット。多世代交流広場ナギテラスで入手できる。

「全国各地、巨人伝説や同じような民話はたくさんありますが、どの民話にも多くの人や動物、自然が出てきます。昔から、憧れになるものや畏れを抱くものが必要で、自然を敬う気持ちから民話ができたのかもしれませんね。その土地の民話や昔話を知ったうえで、その場所を訪れると、また新しい発見や楽しみ方がありますよ」

「なぎの昔話語りの会」のメンバーも編集に関わった本

人から人へ思いを受け継ぎ、後世に伝える

「わたしは『なぎ昔話語りの会』の活動を通して自分の郷土を知り、先人の方々の思いを受け継ぎ、次の世代に伝える活動を続けることができました。これは、環境にも仲間にも大変恵まれ、助けていただいたおかげだと思います。これからも活動を継続して、コロナ禍の後に、人から人へと温もりが伝えられる時代を取り戻したいと願っています」と話す入澤さん。

幼稚園での語り

民話を次世代に伝えたいと願って長年活動してきたメンバーの思いは、この春に結成された「なぎっ子おはなし隊」という小学生の語り部にバトンをつなぎつつあります。8月22日に開催予定の「なつの公演」は、「なぎ昔話語りの会」と「なぎっ子おはなし隊」の合同公演が計画されており、世代を超え、民話を語り継ぐ子どもたちの姿を見ることができます。

入澤さんの「語り部の表情や仕草で言葉通りのイメージを創造し、物語を頭と心で描いていく世界を知ってほしい」という思いが、これからの未来を担う子どもたちに引き継がれています。

この記事の写真一覧はこちら