岡山県倉敷市児島は言わずと知れた、ジーンズのまち。もともとは瀬戸内海に浮かぶ島でしたが、江戸時代初期から海が埋められ、新田開発が行われました。塩分を含む土壌は綿花の栽培に適しており、繊維産業が発達。真田紐(さなだひも)、足袋、学生服、ジーンズと、時代の移り変わりとともに主力製品が変わっていきました。1960年代に日本で初めてジーンズ生産を手掛けた地でもあります。ジーンズメーカーのほか、加工などの関連企業が集まっています。裁断、縫製、洗い、加工など一連の技術のノウハウが、児島には集積しているのです。

そんなジーンズのまち児島で環境にも人にも優しい服づくりにチャレンジしているのが、池上慶行さんです。

池上慶行さん

land down underが提案する「循環するジーンズ」

池上さんは2021年2月にアパレルブランド「land down under(ランドダウンアンダー)」を立ち上げました。そして1か月弱のクラウドファンディングを経て、第1弾となる製品、ワイドテーパードジーンズをリリースしました。愛称は「循環するジーンズ」です。

提供:land down under

land down underは「英国からみた地球の真裏の大地」=「オーストラリア」を指す言葉。「主流アパレル産業の真裏、『カウンター』を目指す」という意志を込めているといいます。

大量生産・大量消費の上で成り立っている現在主流のアパレル産業の経済は、効率的だけれど環境に負担をかけている一面も。池上さんは、資源を循環させ、廃棄物を出さない服づくりで、「サーキュラーエコノミー(循環型経済)」を実現しようとしています。

サーキュラーエコノミーの図。資源が円を描くように循環し、経済が動く。①リペア ②ヴィンテージセール(リユース) ③リメイク ④アップサイクル。円が小さいほど、環境負荷が小さい。(提供:land down under)

<長く履いてもらうために>

製品自体の丈夫さと、長く履く上で経年変化を楽しんでもらうために選んだのは篠原テキスタイル(福山市)の「赤耳セルビッチ・デニム(14.5oz)」。天然素材・綿100%。シャトル織機で織られた風合いがあり、使い込むと人それぞれの味が出てきます。

シャトル織機で織られたデニム特有の「セルビッチ(赤耳)」が特徴。

腰回り・太もも部分には余裕を持たせながら裾にかけて絞りをかけることで、動きやすさと、きちっとした印象を両立。できるだけ年代を問わず、幅広いシーンで着ることができるデザインに仕上げました。

ポケットは深め。腰回りはゆったりとした作りで動きやすい。

ジーンズは防縮加工を施しても、洗うと2~3%は縮むそう。そのためジッパーは使わず、ボタンフライに。形のゆがみが出にくいようにしています。

ボタンフライ

<リサイクルのしやすさ>

飽きがきたり、使えないほどボロボロになったりしたジーンズは、捨てずにリサイクルという手段を選べば環境負荷を減らすことができます。「循環するジーンズ」はその名の通り、リサイクルを前提に作られています。

例えばジーンズといえば金属製リベットですが、再利用ができないため、使用しませんでした。

金属製リベットは使用していない

また、基本的に綿の糸を使用。何重にもデニム生地が重なる部分は綿の糸では耐えきれないので、ポリエステルを使用しています。ポリエステルの糸には明るい黄色を採用し、リサイクルの際に区別できるように工夫しています。

ポリエステルを使った糸は明るい黄色を採用し、綿の糸(オレンジ色)と区別。

通常、商品のタグはポリエステルが使われることが多いですが、リサイクルのしやすさを考え、綿100%にしています。

タグも綿100%にこだわった。

<そのほかの「循環」>

素材だけでなく、適正なお金が地域産業の中で循環することも意識しています。デニム生地は販売の機会を逸したB/C反。一定の範囲内にキズが入った生地を指しますが、そのキズは見つけることすら難しいもの。機能としては「A反」と変わりません。

見つけることすら難しいB/C反の「キズ」。そのキズもファッションの個性に。

安く買いたたかれることが多いB/C反ですが、池上さんは原価をカバーする価格で買いとります。その理由は「継続的にやりたいからこそ、利益が生まれる仕組みづくりにチャレンジしたい」から。

裁断や縫製は児島の事業者に依頼。地域産業の中で製品が生み出される過程をSNSなどで情報発信することで、ジーンズの使い手に作り手の存在を伝えます。

提供:land down under

land down underができるまで

池上さんは東京都出身。大学院生のときにオーストラリアへ3か月×2度渡り、レストランで働きながら文化人類学を学んでいました。自然に密接した暮らしがあり、おおらかな人が多いオーストラリアを好きであることも、「land down under」というブランド名とした理由のひとつです。

大学院卒業後は大手アパレルメーカーへ就職しましたが、4か月で退職。売り場ではトレンドの傾向は学べても、服づくりの知識は期待していたほど得られず、「もっと服づくりの現場を見たい。アパレルに関わりながら産地をよりよくできないか…」と考えていたときに、児島で地域おこし協力隊を募集していると知り、応募しました。

児島の風景

そして2018年10月~2020年12月、児島を拠点に倉敷市の地域おこし協力隊として活動しました。最初の3か月は地域を知るため、カフェや工場などに足繫く通い、さまざまな人と話したといいます。そんな中で耳にしたのが、今回素材として選んだ「B/C反」の課題でした。

ほんの少しのキズを避けて生地を使うことが効率の悪さに繋がるため、ほとんどきれいな一定距離の生地ごとはじかれ、工場で眠っているのです。また、販売される機会があっても、原価を割っている現状がありました。世界的に高い評価を得るほど技術力が高い繊維産業の現場でさえ「たくさん作ること」が勝負になってしまっていることに、池上さんは問題意識を抱きました。

その後、仲間とともに自分たちの手で服づくりを一通り経験した池上さん。服を届けた後の使い手とのコミュニケーションによって、大量生産でなくても産業は維持できること、良い消費のあり方を選びたいという人も少なからずいることに気づいていきます。「心から楽しめる消費」を実現するために、land down underは立ち上がりました。

ジーンズを作って売ることが目的ではなく、サーキュラーエコノミーを広げていきたい

現在、古いジーンズを回収したリサイクルジーンズの開発にも着手しています。ジーンズを反毛(こまかく粉砕し、繊維状にすること)し、撚った糸から新たなデニム生地を生み出すのです。

「『サーキュラーエコノミー』は名前からすると新しい取り組みのようですが、昔はものをできるだけ長く・何度も使うことは当たり前だった。昔の技術を参考にしながら視点を得ています」

池上さんは、まさか自分がアパレルブランドを立ち上げることになるとは、思っていなかったといいます。

「たくさんのブランドや服が存在する中で、自分がつくる意味は見いだせなかった。でも、心から楽しめる消費ができる社会は実現可能だというメッセージを伝えるために、land down underが生まれました。ジーンズを作ってたくさん販売することではなく、まわりの事業者の方たちや使い手の方たちとサーキュラーエコノミーの仕組みをつくり、続けていけるようにまずは取り組んでいきます。そして今後は自分だけでなく、アパレルに関わるみんなで取り組んでいけるようなアプローチをしていきたい」

何を選び、何を着るかは、人の生きざまかもしれません。land down underが取り組む循環する素材と経済の仕組み化は、作り手と使い手の心が通うあたたかいコミュニティとなって動き始めています。

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