エスニック料理店の少ない高松市の商店街に2020年12月、突如姿を現したベトナム料理店「I-NGON(アイゴン)」。耳の早い日本人客や県内のベトナム人実習生らの間で、静かな話題を呼んでいます。

そのオーナー、ダン デイン クアンさん(以下クアンさん)は、ベトナムの政治・文化の中心都市であるハノイ出身。8年前、20代半ばで来日し、東京の専門学校で日本語を学んだ後、貿易会社勤務を経て大阪でベトナム料理店を経営していた経歴の持ち主です。当初は日本文化への純粋な関心から来日したクアンさんが高松の地に行き着くまでの経緯と、新天地で見出した自らの使命を聞きました。

コロナ禍の新規開店という難題を、あくなきこだわりで乗り越える

外観からもベトナムの雰囲気が感じられる

クアンさんが高松に注目するようになったきっかけは、四国出身の友人がいたからというごくシンプルなもの。ビジネス上の知り合いと高松を訪ねては、とにかく人が優しいという印象を深めていきました。しかしその一方で気にかかっていたのが、訪問の度にどんどんシャッターが閉まっていく商店街の実情。思わず「何とかこの町を元気にしたい」という思いが高まったと言います。

すでに3年間、大阪でベトナム料理店を経営していたクアンさん。調べてみると、四国にはベトナム料理店が少ないことに気が付きました。そのまま大阪に残るという選択肢もあったものの、四国の人にベトナムのことをもっと知ってほしいという熱意が勝ることに。大阪の店を共同経営者である友人に託し、この地にベトナム料理店をオープンすることを決意しました。

とはいえ、世間は新型コロナウイルスの真っ只中。当初は2020年6月に予定していたオープンは何度も先送りになり、実際に営業を開始したのは約半年後の12月12日のことでした。最初の1か月は客足も思うように伸びなかったそうです。

決して順風満帆とは言えない滑り出しでしたが、クアンさんは信念を曲げませんでした。それは、現地でできる食体験を可能な限り忠実に再現するというもの。パクチーひとつを取ってもベトナムのものより風味が薄かったり、入手できる食材の幅が狭かったりと、多くの制約がありましたが、大阪時代に培った仕入れルートを活かして理想に近い味わいを追求しました。

ピリッと辛い自家製“サーテーチリソース”

「酢」と「にんにく」という意味の”ザ トイ“

調理工程に目を向けても、本国からシェフを呼び寄せ、牛骨を2日間じっくり煮込んでスープを仕込む本格志向。さらには内装やBGMといったハード面からもベトナムを感じられるよう工夫しました。こうした愚直なこだわりが身を結び、次第に店は行列ができるほどの人気店へと成長していきました。

牛骨を煮込んで熟成スープを作る

店内の絵からもベトナムを感じられる

嬉しいギャップと今後の展望

I-NGONに足繁く通うお客さんの中でも目立つのは、ベトナムからの技能実習生。ベトナムの文化を伝えたいという思いから始まったビジネスは、母国の味を求めていた同郷の若者の心までつかんでいたのです。

店1番のおすすめ“牛のフォー”

このパンの香りこそが本場バインミーと言われる所以

うれしい反応を受けて、4月以降には現在の店舗があるビルの2階も開放することに。より多様な料理が提供できるようにと、厨房や仕込み部屋、倉庫も準備しているそうです。積極的な動きを見せているクアンさんですが、その目はさらに先まで見通しています。

「もっと、四国にベトナムの料理や文化を伝えたいです」

そう話す通り、6月には愛媛県松山市に新店をオープン予定。将来的には徳島県、高知県にも進出し、四国4県全てで店を展開する構想です。異国の地で商売を営むのには様々な苦労があるはずですが、お客さんの「おいしい」や「また来ます」の一言がクアンさんを突き動かしています。

ベトナム人にとってはふるさとを思い出し、仲間で集える“ハブ”のような場として、日本人にとってはベトナムの文化を体感できる場として。クアンさんの“こだわり“が詰まったこの店を必要としている人は、決して少なくないはずです。

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