ろう者の子どもたちに安心と挑戦の場を。ろう者の女子大生のチャレンジに迫る

ろう者の子どもたちに安心と挑戦の場を。ろう者の女子大生のチャレンジに迫る
入谷那々花さん

2003年香川県生まれの入谷那々花さんは、生まれたときから耳がきこえない。

「きこえ方を音楽で例えると、『何か音楽が流れているな』ということは分かります。でも、どんな楽器が使われているのか、どんな歌詞なのかは分かりません。人の声も同じで、『誰かが何かしゃべっているのかな?』ということは分かることがありますが、何を話しているのかを音だけで理解することはできません」

そのため、会話では口の動きや表情、文字などの視覚的な情報を活用しながら内容を理解しているという。
香川大学在学中より、香川のろう者の子どもたちを対象とした場づくりに精力的に取り組んでいる。

抱いた違和感

転勤族で、学校を転々としながら聾学校(ろうがっこう)と地域の学校の両方を経験してきた入谷さん。香川県立聾学校(現香川県立聴覚支援学校)在学中、聞こえないことについて向き合う中で、日常の中にさまざまな違和感を持つようになったという。

子ども時代の入谷さん

「例えば、『挨拶では声を出さないと社会では通用しない』と言われたり、『聞こえる人も歩み寄っているのだから、聞こえない人も歩み寄った方がいい』と言われたりしました。高校時代は、これらの発言は、相手の理解不足や個人の問題と捉えていました。ですが、大学で当たり前を問い直す社会学を学ぶ中で、社会の構造や『当たり前』の作られ方そのものが問題なのだと考えるようになりました」

自身が抱いた違和感に対して、「なぜそうなっているのか」と考えるようになった入谷さん。違和感を消したいと思うのではなく、社会を見つめ直すきっかけとして捉えることで、具体的なアクションへとつながっていった。

きっかけとなった大阪時代の出会い

「四天王寺大学在学中に、アルバイト先での上司との出会いが大きな転機になりました。アルバイト先では、『やってみたいなら、まずやってみたらいい』『でも、どう実現するかはまず自分で考える』ということを学び、イベントの企画運営や発信など多くのことに挑戦しました。アルバイト先は、子どもたちにとってのロールモデルとなるだけでなく、私自身にとっても『挑戦してもいい』と思える場所でした」

日常生活では、聞こえないことを理由に、情報保障の説明や調整を自分からお願いしなければならない場面も多い入谷さん。そのたびに、大きなエネルギーが必要となる。それでも、大阪では挑戦を応援してくれる人や、「次はこうしてみたらどうかな」と一緒に考えてくれる人がいたからこそ、挑戦を続けることができたという。

ろう者の子どもたちが挑戦できる場作りへ

「香川大学に編入後、安心して挑戦したり相談したりできる場や関係性が香川ではまだ少ないことを実感し、だったらゼロからつくってみようと思うようになりました。自分自身が、関係性によって挑戦できた経験があったからこそ、今度は自分がそうした場をつくる側になりたいと思ったのです」

2024年以降、約2年間にわたって香川で開催したイベントは多岐にわたる。クリスマス飾りやしめかざりといったものづくりを通して、ろう者と聴者の相互理解や保護者の情報交換会を実施したり、デフリンピックバドミントン日本代表で香川出身の片山結夢選手らろう者のロールモデルと出会う企画や、飲食店の店員を体験することで、ろう者の子どもたちが社会の中で主体的に活動、表現することに挑戦する機会をつくる取り組みなどを行ったりしてきた。

タリーズでのイベントの様子

特に、2025年12月に開催した「タリーズの店員さんになろう!」という企画は、各種メディアにも報道されるなど、大変注目された。この企画は、たかまつ讃岐てらす財団「ONDO次世代リーダー応援ファンド」の助成を受け、タリーズコーヒー西宝町店の協力のもと開催され、多くのろう者や難聴児が参加した。

保護者からは、参加者の子どもたちが「希望が見えた」「自分も誰かの役に立てるんだって思えた」などと話していたことや、「親でも普段知らないような気持ちや経験などについて話していたことに驚いた」といった声が上がったとのことだ。

「香川では特に、家庭でも学校でも、聞こえない子どもは一人だけという環境が少なくありません。聞こえないことが本人の弱点とみなされ、周囲に合わせることが求められます。『わかったふりをしてしまう』『聞き返しづらい』といった状況が、本人の努力不足として受け取られてしまうこともあります。聞こえない子どもたち同士で集まることで、はじめて『自分は聞こえない中でこういうタイプなのか』と気づくことができたり、自分のことを言葉にしやすくなったりします。聞こえないという共通点があるからこそ、『それ分かる』と共感できる部分もあります」

「一方で、同じきこえない子どもたちでも、感じ方や考え方、育ってきた環境は一人ひとり異なるということも活動を通して強く感じました。だからこそ、聞こえない子どもたちの居場所が、ただ安心できる場所であるだけでなく、自分の意見を言ってみたり、役割を見つけたり、様々な経験を通して自分自身を見つめることができる場所になってほしいと思っています」

広がる活動の幅

2026年春に大学を卒業した入谷さんは、大阪時代にご縁ができた一般社団法人デフノバへ就職し、香川を離れた。だが、引き続き大阪と香川を行き来しながら、香川での活動を継続する予定だという。

「これからもいろんなことを子どもたちと一緒にチャレンジしていきたいと思います。聞こえない子どもたちが、自分を見つめることと、社会や他者と関わることを行き来しながら、自分なりの考え方や感じ方を少しずつ形にしていけるような活動を、企画の中でも、その外でもつくっていきたいです」

交流会を開催する入谷さん

「また、知らないことそのものが問題なのではなく、知らないまま関わることで、すれ違いが生まれてしまうことがあると感じています。実際に説明してみると、『なんだ、そういうことだったのか』と理解してもらえる場面も多くあります。だからこそ、聞こえない子どもたちだけで完結するのではなく、周囲の人とも対話を重ねながら、お互いを知っていける関係を少しずつ増やしていきたいと考えています」

「Be the change you wish to see in the world!」は、入谷さんが好きな言葉である。これは、「世界に変化を求めるなら、まずあなた自身がその変化の模範になりなさい」というマハトマ・ガンジーの言葉だ。これからも、入谷さんが香川のろう者の子どもたちのロールモデルとして、その行動力を発揮して活躍されることを楽しみにしている。

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